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【9/17完結!】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第8章「落日の対峙」

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第76話「覚悟してたのに」

「私は、覚悟してたのに」


その言葉が、口から零れた瞬間、蒼の表情が、初めてはっきりと動いた。


これまでの、静かで穏やかな表情が、わずかに崩れた。


「覚悟」蒼は繰り返した。


「共犯だったって、話した」私は言った。「罪に問われることも、覚悟してた。犯罪者の恋人って呼ばれることも、覚悟してた」


蒼は、何も言わなかった。


「あなたと一緒に、償う覚悟だった」私は続けた。「それなのに」


声が震えた。涙が、頬を伝った。


「あなたは、全部、一人で、終わらせようとしてる」


蒼は、私を見つめたまま、動かなかった。


「私を、外側に置いたまま」私は言った。「あなただけが、全部を背負って、消えようとしてる」


講堂の暗闇の中で、蒼の目が、微かに揺れているのが見えた。


「なんで」私は言った。「なんで、一緒に、背負わせてくれないの」


蒼は、しばらく答えなかった。


その沈黙の中で、私は、蒼の顔を、じっと見ていた。


いつもの、整った表情ではなかった。何かに耐えているような、そんな顔だった。


「リア」蒼は、ようやく口を開いた。


その声が、少し掠れていた。


「君は、本当に」蒼は続けた。「僕を、止めようとした」


「止めたかった」私は言った。「今も、止めたい」


「それが」蒼は言った。「僕の予測していた範囲を、超えていた」


その言葉に、少し戸惑った。


「予測」私は聞いた。


蒼は、静かに頷いた。


「僕は」蒼は言った。「リアが、泣くと思っていた」


その言葉の意味を、考えた。


「今日、ここで、全部を話したら」蒼は続けた。「リアは、泣いて、僕を、責めるだろうと思っていた」


「それが」


「それだけだと思っていた」蒼は言った。「でも君は、覚悟していた、と言った」


蒼の声に、初めて、動揺に近いものが混じっていた。


「覚悟していた、というのは」蒼は続けた。「僕と一緒に、償おうとしていた、ということだ」


「そうだよ」私は言った。「最初から、そのつもりだった」


蒼は、しばらく黙っていた。


その沈黙が、これまでのどの沈黙とも、違って感じられた。


何かを、処理しきれずにいるような、そんな沈黙だった。


「僕は」蒼は、ようやく言った。「そこまで、考えていなかった」


その告白に、私は驚いた。


蒼が、何かを考えていなかった、と認めるのを、初めて聞いた気がした。


「全部を、想定していたはずだった」蒼は続けた。「証拠の書き換え。逃走の準備。リアが、僕を止めようとすることも。全部」


蒼は、一度、言葉を切った。


「でも、君が、泣かずに、覚悟していた、と言うことは」蒼は言った。「想定していなかった」


その言葉に、講堂の空気が、また少し変わった気がした。


「なんで」私は言った。「なんで、泣くと思ってたの」


蒼は、少しの間、答えなかった。


「僕がしたことを知れば」蒼はゆっくりと言った。「普通は、恐怖を感じる。僕を、拒絶する」


「私は」


「君は、拒絶しなかった」蒼は言った。「今も、僕のそばにいようとしている」


その言葉に、自分でも、驚いた。


蒼を拒絶しなかった、という事実を、今、蒼の口から、改めて聞かされて。


「私は」私は言った。「あなたを、憎めない」


蒼は、私を見つめたまま、動かなかった。


「憎めるはずなのに」私は続けた。「憎みたいのに、憎めない」


涙が、また、頬を伝った。


「それが、私の、覚悟だった」私は言った。「あなたと一緒に、この先も、生きていく覚悟」


蒼の表情が、さらに、揺れた。


これまで、どんな場面でも、崩れなかった蒼の顔が、今、確かに、揺らいでいた。


「リア」蒼は、静かに、私の名前を呼んだ。


その声に、これまで聞いたことのない、何かが混じっていた。


「僕は」蒼は言った。「君を、間違えていたのかもしれない」


「間違えて、って」


「君が、もっと、弱い人間だと思っていた」蒼は言った。「守らなければならない、壊れやすい存在だと」


その言葉に、複雑な感情が、湧き上がった。


「でも、君は」蒼は続けた。「僕が思っていたより、ずっと、強い」


強い、という言葉が、これまでの蒼の観察と、少し違う響きを持っていた。


「それでも」私は言った。「あなたは、逃げるんだよね」


蒼は、しばらく答えなかった。


「僕の決意は」蒼は、ようやく言った。「変わらない」


その言葉に、胸が痛んだ。


蒼が、私を見誤っていたと認めても、その結論は、変わらなかった。


「なぜ」私は言った。「私が、強いと分かっても、変わらないの」


蒼は、静かに、私を見た。


「僕がしたことは」蒼は言った。「消えない。強くても、弱くても、リアが、背負う必要のないものだ」


その答えに、また涙があふれた。


蒼の決意は、揺るがなかった。


でもその揺るがない決意の奥に、今、初めて、蒼自身の、何かが、揺れているのが見えた。


「隼くんに」私は、ふと言った。「よろしく、って、言わないの」


蒼は、一瞬、目を伏せた。


その仕草に、これまで見たことのない、何かが、宿っていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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