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【9/17完結!】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第8章「落日の対峙」

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第75話「始末しておいた」

「なぜ」私は言った。「なぜ、証拠を書き換えたの」


蒼は静かに私を見た。


「君が背負わなくていいように」蒼は言った。「全部、始末しておいた」


その言葉を、しばらく理解できなかった。


「始末、って」私は聞いた。


「リアが僕を訴えれば」蒼は続けた。「証言をした人間として、記録に残る。共犯だったと、自分から話したことも、記録に残る」


蒼はそこで一度、言葉を切った。


「そうなれば、リアは一生、犯罪者の恋人として、生きることになる」


その言葉の意味が、少しずつ体の中に落ちていった。


「僕は」蒼は言った。「それを、望まない」


「それで」私は言った。「証拠を、消したの」


「消したんじゃない」蒼は言った。「作り変えた」


その言い方の違いに、少し引っかかった。


「千景さんが単独でやったことになれば」蒼は続けた。「リアの証言は、事実と矛盾する。だから、証言そのものが、信用されなくなる」


「そんな」私は言った。「そんなことのために、また千景さんを」


「千景さんは」蒼は静かに言った。「もう一度、傷つく」


その言葉に、私は息を止めた。


蒼は、それを分かった上で、実行していた。


「分かってて」私は言った。「それでも、やったの」


「やった」蒼は迷わず言った。「リアを守るためなら、そうする」


その言葉の重さに、めまいがした。


守る、という言葉が、また出てきた。千景を犠牲にしてでも、私を守る。その論理が、蒼の中では、まっすぐ繋がっていた。


「私は」私は言った。声が震えた。「そんな守り方、望んでいない」


蒼は少しの間、私を見ていた。


「知ってる」蒼は言った。


その答えに、胸が締め付けられた。


蒼は、私が望んでいないことを、知っていながら、実行していた。


「じゃあ、なぜ」私は聞いた。


「僕の望みだから」蒼は静かに言った。


その一言が、講堂の暗闇の中に、重く落ちた。


私の望みではなく、蒼自身の望み。


その言葉の正直さに、かえって恐怖を感じた。


「私は」私は言った。「犯罪者の恋人になってもよかった」


蒼はゆっくり首を振った。


「僕がよくない」蒼は言った。「君が、僕のせいで、そう呼ばれることが」


その声には、迷いがなかった。


「これから」私は言った。「私は、どうなるの」


蒼は少しの間、答えなかった。


「明日」蒼はようやく言った。「逮捕状は、執行される。でも証拠は、僕を有罪にするほど、強くない」


「じゃあ」


「僕は、逃げる」蒼は静かに言った。


その言葉に、心臓が大きく跳ねた。


「逃げる、って」私は聞いた。


「この国から」蒼は言った。「出る」


その一言で、頭の中が真っ白になった。


「いつ」私は聞いた。「いつから、それを、決めてたの」


「ずっと前から」蒼は言った。「準備は、してあった」


準備、という言葉が、頭の中で反響した。


蒼は、この日が来ることを、ずっと前から想定していた。


「私は」私は言った。「知らなかった」


「知らなくて、よかった」蒼は言った。「知っていたら、リアは、もっと苦しんだと思う」


その言葉に、涙がこみ上げてきた。


蒼は、私を守るという名目のもとに、私から選択肢を奪い続けてきた。


でも今、目の前にいる蒼は、その全てを、私のためだと信じていた。


「蒼くん」私は言った。「あなたは」


言葉が続かなかった。


蒼は静かに、私を見ていた。


「私は」私はようやく言った。「あなたを、愛していた」


その言葉を口にした瞬間、過去形になっていることに、自分でも気づいた。


蒼の表情が、わずかに動いた。


「知ってる」蒼は言った。「僕も、リアを愛してる」


その言葉には、迷いがなかった。


「今も」蒼は続けた。「これからも」


講堂の外で、風の音がまた聞こえた。


夜の空気が、少しずつ、講堂の中に入り込んでいるように感じた。


「明日から」私は言った。「あなたは、どこに行くの」


蒼は、静かに首を振った。


「それは、言えない」蒼は言った。「リアが、知らない方がいい」


「知らない方が」


「もし、警察に聞かれたときに」蒼は言った。「本当に知らないと、言えるように」


その配慮の細やかさに、また胸が痛んだ。


蒼は最後の最後まで、私を守ろうとしていた。その守り方が、どれほど歪んでいても。


私は、床に落ちた自分の影を見つめた。


非常灯の薄い光が、床に、二人の影を、長く伸ばしていた。


その影が、少しずつ、離れていくように見えた。


「蒼くん」私は言った。


「うん」


「私は、覚悟してたのに」


その言葉が、口から零れた瞬間、蒼の表情が、初めて、はっきりと動いた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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