第73話「書き換え済み」
「書き換えた、って」私は、もう一度、聞いた。「何を、どうやって」
蒼は、静かに、話し始めた。
「千景さんの記録」蒼は言った。「あのファイルにあった、SNS工作の記録は、既に、書き換えてある」
「書き換えたって、どんな風に」
「千景さんが、単独で、あの炎上を起こした」蒼は、静かに続けた。「ストーカーへの報復として、僕への感謝から、僕を巻き込んで、実行した。そういう記録に」
その言葉の意味を、理解するまでに、時間がかかった。
「千景さんが、単独で」私は、繰り返した。
「物証は、既に、そう見えるように、整えてある」蒼は言った。
「整えてある、って」
「僕の部屋にあった、あのファイルの内容は」蒼は続けた。「今は、もう、リアが見たものとは、違う内容になっている」
その事実に、頭の中が、真っ白になった。
「いつ」私は聞いた。「いつ、書き換えたの」
「四月に、リアが、初めて引き出しを開けた日から」蒼は言った。「少しずつ、進めていた」
その言葉に、あの日から、今日までの時間が、頭の中を、めぐった。
千景の記録を、読んだあの日。ストーカーの記録を、読んだあの日。父の記録を、読んだあの日。
その全部が、私が読んだ後で、静かに、書き換えられていた。
「千景さんは」私は聞いた。声が、震えていた。「今、どうなってるの」
蒼は、少しの間、答えなかった。
「千景さんの状態を、利用した」蒼は、ようやく言った。
「利用、って」
「彼女の心理的な状態が、既に、不安定になっていることは、知っていた」蒼は続けた。「その状態を使って、誘導して、自白のような形の証言を、録音してある」
その言葉に、体の芯から、寒気が、走った。
「誘導、って」私は言った。「千景さんに、何をしたの」
「詳しくは、話さない」蒼は言った。「でも、彼女は今、自分が、あの炎上を単独で計画したと、信じている」
その言葉に、めまいがした。
千景は、既に一度、蒼によって、心理的に解体されていた。その千景が、今度は、蒼の罪を、自分のものとして、背負わされようとしていた。
「そんな」私は言った。「そんなことを」
「必要なことだった」蒼は、静かに言った。
その言葉の冷たさに、涙が、こみ上げてきた。
「必要なことだった、って」私は言った。「千景さんを、また、傷つけて」
蒼は、私を、じっと見ていた。
その目に、罪悪感のようなものが、一瞬、見えた気がした。でも、それは、すぐに、消えた。
「僕のファイルは」蒼は続けた。「もう、証拠にはならない」
「私が、話したことは」私は言った。「倉橋さんに、話した、あの内容は」
「リアの証言は」蒼は言った。「あくまで、証言でしかない。物証と、矛盾する」
その言葉に、絶望に近い感覚が、押し寄せてきた。
私が、必死に、話したこと。共犯だったと、告白したこと。咲良が、脅迫の事実を、語ったこと。
その全部が、蒼が、既に用意した、別の物語の前に、意味を失おうとしていた。
「私のスマートフォンも」私は言った。「私が、撮影データを、特定して」
「無効化した」蒼は、静かに、続けた。
その言葉で、64話で、自分が、写真を撮れなかった理由が、ようやく、別の角度から、理解できた。
私が、撮ろうとしなかったのではなく、既に、撮っても無意味になるよう、蒼が、準備していた可能性すらあった。
「全部」私は、声を絞り出した。「全部、あなたが」
蒼は、静かに、頷いた。
「リアが、動き出すことは、分かっていた」蒼は言った。「だから、その前に、全部、終わらせておいた」
終わらせておいた、という言葉が、講堂の暗闇の中で、重く、響いた。
私は、しばらく、何も、言えなかった。
この一週間、必死に、動いてきた。倉橋に会って、証言をして、咲良と話して。全て、蒼を止めるために、していたことだった。
でもその全部が、蒼にとっては、既に、想定の中にあった。
私が、何をするか、蒼は、先回りして、知っていた。
そして、私が動く前から、既に、その全てを、無効化する準備を、進めていた。
私は、講堂の床を、見つめた。
膝から、力が、抜けそうだった。
「なぜ」私は、ようやく、口を開いた。「なぜ、そこまで」
蒼は、静かに、私を見ていた。
その表情に、これまで見たことのない、何かが、浮かんでいた。
穏やかさと、覚悟と、そして、何か、別の感情が、混ざり合っているように見えた。
「リア」蒼は、静かに、言った。
その声のトーンが、これまでとは、少し、違っていた。
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