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【9/17完結!】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第8章「落日の対峙」

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第73話「書き換え済み」

「書き換えた、って」私は、もう一度、聞いた。「何を、どうやって」


蒼は、静かに、話し始めた。


「千景さんの記録」蒼は言った。「あのファイルにあった、SNS工作の記録は、既に、書き換えてある」


「書き換えたって、どんな風に」


「千景さんが、単独で、あの炎上を起こした」蒼は、静かに続けた。「ストーカーへの報復として、僕への感謝から、僕を巻き込んで、実行した。そういう記録に」


その言葉の意味を、理解するまでに、時間がかかった。


「千景さんが、単独で」私は、繰り返した。


「物証は、既に、そう見えるように、整えてある」蒼は言った。


「整えてある、って」


「僕の部屋にあった、あのファイルの内容は」蒼は続けた。「今は、もう、リアが見たものとは、違う内容になっている」


その事実に、頭の中が、真っ白になった。


「いつ」私は聞いた。「いつ、書き換えたの」


「四月に、リアが、初めて引き出しを開けた日から」蒼は言った。「少しずつ、進めていた」


その言葉に、あの日から、今日までの時間が、頭の中を、めぐった。


千景の記録を、読んだあの日。ストーカーの記録を、読んだあの日。父の記録を、読んだあの日。


その全部が、私が読んだ後で、静かに、書き換えられていた。


「千景さんは」私は聞いた。声が、震えていた。「今、どうなってるの」


蒼は、少しの間、答えなかった。


「千景さんの状態を、利用した」蒼は、ようやく言った。


「利用、って」


「彼女の心理的な状態が、既に、不安定になっていることは、知っていた」蒼は続けた。「その状態を使って、誘導して、自白のような形の証言を、録音してある」


その言葉に、体の芯から、寒気が、走った。


「誘導、って」私は言った。「千景さんに、何をしたの」


「詳しくは、話さない」蒼は言った。「でも、彼女は今、自分が、あの炎上を単独で計画したと、信じている」


その言葉に、めまいがした。


千景は、既に一度、蒼によって、心理的に解体されていた。その千景が、今度は、蒼の罪を、自分のものとして、背負わされようとしていた。


「そんな」私は言った。「そんなことを」


「必要なことだった」蒼は、静かに言った。


その言葉の冷たさに、涙が、こみ上げてきた。


「必要なことだった、って」私は言った。「千景さんを、また、傷つけて」


蒼は、私を、じっと見ていた。


その目に、罪悪感のようなものが、一瞬、見えた気がした。でも、それは、すぐに、消えた。


「僕のファイルは」蒼は続けた。「もう、証拠にはならない」


「私が、話したことは」私は言った。「倉橋さんに、話した、あの内容は」


「リアの証言は」蒼は言った。「あくまで、証言でしかない。物証と、矛盾する」


その言葉に、絶望に近い感覚が、押し寄せてきた。


私が、必死に、話したこと。共犯だったと、告白したこと。咲良が、脅迫の事実を、語ったこと。


その全部が、蒼が、既に用意した、別の物語の前に、意味を失おうとしていた。


「私のスマートフォンも」私は言った。「私が、撮影データを、特定して」


「無効化した」蒼は、静かに、続けた。


その言葉で、64話で、自分が、写真を撮れなかった理由が、ようやく、別の角度から、理解できた。


私が、撮ろうとしなかったのではなく、既に、撮っても無意味になるよう、蒼が、準備していた可能性すらあった。


「全部」私は、声を絞り出した。「全部、あなたが」


蒼は、静かに、頷いた。


「リアが、動き出すことは、分かっていた」蒼は言った。「だから、その前に、全部、終わらせておいた」


終わらせておいた、という言葉が、講堂の暗闇の中で、重く、響いた。


私は、しばらく、何も、言えなかった。


この一週間、必死に、動いてきた。倉橋に会って、証言をして、咲良と話して。全て、蒼を止めるために、していたことだった。


でもその全部が、蒼にとっては、既に、想定の中にあった。


私が、何をするか、蒼は、先回りして、知っていた。


そして、私が動く前から、既に、その全てを、無効化する準備を、進めていた。


私は、講堂の床を、見つめた。


膝から、力が、抜けそうだった。


「なぜ」私は、ようやく、口を開いた。「なぜ、そこまで」


蒼は、静かに、私を見ていた。


その表情に、これまで見たことのない、何かが、浮かんでいた。


穏やかさと、覚悟と、そして、何か、別の感情が、混ざり合っているように見えた。


「リア」蒼は、静かに、言った。


その声のトーンが、これまでとは、少し、違っていた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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