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【9/17完結!】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第8章「落日の対峙」

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第71話「知ってたよ」

「したくなかった。それが一番正直な気持ちかもしれない」


蒼の言葉が、暗い講堂に静かに落ちた。


「どういう意味?」


私は問い返す。


蒼はすぐには答えなかった。


手の中の指輪を見つめたまま、小さく息をつく。


「リアが僕から離れようとしていることには、気づいていた」


ゆっくりと口を開く。


「止める方法はいくつかあった」


背筋に冷たいものが走る。


「止める方法?」


「証拠を隠す。リアを閉じ込める。それ以外にも、やり方はあった」


蒼は淡々と言った。


「でも、どれも選ばなかった」


「……どうして?」


「リアが、自分で決めるところを見たかったのかもしれない」


予想していた答えではなかった。


「見たかったって……」


私は息をのむ。


「私が、あなたを裏切るところを?」


「裏切りだとは思ってない」


蒼は首を横に振る。


「リアは、正しいことをしようとしている」


その言葉に戸惑う。


蒼は静かに私を見つめていた。


怒りも、憎しみもない。


ただ穏やかな目だった。


「……いつから気づいてたの?」


私はもう一度尋ねる。


「本当は、いつから?」


蒼は少し考えるように目を伏せた。


「橘さんが倉橋さんと会っていると知った時だ」


「知ってたの?」


「橘さんが調べていること自体は、もっと前から気づいていた」


蒼は続ける。


「でも、外部の協力者を得たことだけは想定外だった」


その瞬間、咲良の顔が浮かぶ。


咲良はずっと、蒼に見られていた。


その事実が重く胸にのしかかった。


「橘さんと倉橋さんが会う回数は少しずつ増えていった」


「その頃から、リアも変わり始めた」


「私が?」


「僕の部屋へ来る回数」


蒼は静かに言う。


「来ても、どこか緊張していた」


そこまで見られていた。


そんな事実に思わず息をのむ。


「四月」


蒼が続けた。


「リアが、鍵の開いた引き出しに気づいた日」


「あの日から、リアの目が変わった」


心臓が大きく跳ねる。


「……知ってたの?」


「引き出しが開いてたこと」


蒼は静かに頷いた。


「気づくようにしておいた」


理解するまで数秒かかった。


「……わざと?」


「鍵をかけなかったの?」


「そう」


その一言だけだった。


体の奥から冷たさが広がっていく。


あの日。


あの引き出しは偶然ではなかった。


蒼が、自分で見せたものだった。


「どうして……」


声が震える。


「どうして、そんなことをしたの?」


蒼はしばらく私を見つめていた。


「リアに全部見てほしかったのかもしれない」


静かな声だった。


「隠し続けることに、限界を感じていたのかもしれない」


その言葉は、これまでの蒼の行動と結びつかない。


「わざと見せて」


私は問い詰める。


「そのあと、何をしてたの?」


蒼は黙った。


その沈黙は今までとは違う。


何かを隠している沈黙だった。


「蒼くん」


私は一歩近づく。


「まだ話していないことがあるよね」


蒼は静かに私を見返した。


夕暮れは完全に消え、講堂には非常灯だけが淡く灯っている。


薄暗い光の中では、蒼の表情はよく見えない。


「リアが僕から離れようとしていると気づいてから」


ゆっくりと言葉を紡ぐ。


「僕は、何もしなかったわけじゃない」


その一言で胸がざわつく。


「何をしたの?」


問いかける。


蒼はまた黙る。


重い沈黙が講堂を満たした。


「教えて」


私はもう一度言う。


「私の知らないところで、何をしていたの?」


蒼は静かに息を吐いた。


そして、ようやく口を開く。


「リアのスマートフォン」


その一言だけで、心臓が凍りついた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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