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【9/17完結!】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第8章「落日の対峙」

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第69話「卒業式前夜」

卒業式の前日だった。


翌日、私たちは、この学院を卒業する。


その日を選んだのは、偶然ではなかった。


倉橋から、正式な連絡が来たのは、三日前だった。


「明日、逮捕状が執行されます」


その言葉を聞いた瞬間、頭の中で、様々なことが、一気に整理された。


逮捕は、明日の朝、行われる予定だった。


その前に、私は、蒼と、話さなければならないと思った。


何も知らないまま、逮捕される蒼を、見たくなかった。それが、正しい選択かどうか、分からなかった。でも、そうしなければならないという気持ちが、自分の中で、揺るがなかった。


放課後、蒼にメッセージを送った。


「今日、講堂に来てくれる?」


いつもと違う場所だった。図書室でも、射場でも、彼の部屋でもない。


すぐに、返信が来た。


「うん。何かあるの」


「話したいことがある」


それだけ、送った。


講堂は、卒業式の準備で、既に会場が整えられていた。椅子が、規則正しく並んでいた。舞台には、垂れ幕がかかっていた。


誰もいない講堂に、一人で立った。


夕方の光が、窓から差し込んでいた。オレンジ色の光が、椅子の列を、静かに照らしていた。


この場所を選んだ理由を、自分でも、完全には説明できなかった。ただ、教室でも、二人の日常があった場所でもない、中立の空間が、必要な気がした。


足音が、講堂の外から聞こえた。


扉が開いた。


蒼が、入ってきた。


「呼び出すなんて、珍しいね」蒼は言った。「何かあった?」


その声は、いつも通り、穏やかだった。


私は、すぐには、答えなかった。


蒼が、少しずつ、近づいてきた。


「リア」蒼が言った。「顔色、悪いよ」


「大丈夫」私は言った。


蒼が、立ち止まった。私との距離が、数メートルのところで。


その距離が、今日は、いつもより、遠く感じられた。


「何を話したいの」蒼が聞いた。


夕方の光が、蒼の顔を、半分だけ照らしていた。


その顔を、じっと見た。


図書室で本を読んでいた顔。射場で私を待っていた顔。彼の部屋で、料理を作っていた顔。


その全部が、今、目の前にあった。


同時に、あのファイルの中身も、頭の中に、鮮明に浮かんでいた。


千景の記録。ストーカーの男性の記録。父の記録。


守護対象。最優先。永続。


「明日」私は、ようやく口を開いた。「卒業式だね」


「うん」蒼は、少し不思議そうな顔をした。「そのことを話すために、呼んだの」


「違う」私は言った。


講堂の中に、静けさが、満ちていた。


外から、微かに、部活動の声が聞こえてきた。それ以外は、何も聞こえなかった。


「じゃあ、何」蒼は聞いた。


その声に、まだ、いつもの穏やかさがあった。


これから話すことで、その穏やかさが、どう変わるのか。


想像すると、体が、少し震えた。


でも、ここまで来て、引き返すことは、できなかった。


「蒼くん」私は言った。「今日、全部、話す」


蒼の表情が、わずかに、変わった。


「全部、って」


「聞いて」私は言った。「最後まで」


蒼は、しばらく、私を見ていた。


その目に、何かが、動いていた。何かを、察しているような、そんな目だった。


夕方の光が、少しずつ、弱くなっていった。講堂の中の影が、長く伸びていった。


蒼は、何も言わなかった。


ただ、静かに、私の言葉を、待っていた。


その沈黙が、これから始まる対話の、重さを、物語っているようだった。


私は、深く息を吸った。


これから話すことが、今日という日を、そして、明日という日を、決定的に変えることになる。


それでも、話さなければならなかった。


蒼が、少しずつ、私の方へ、歩み寄ってきた。


「リア」蒼は、静かに言った。「怖い顔してる」


その言葉に、私は、何も答えなかった。


蒼が、私の目の前で、立ち止まった。


二人の距離が、今、最も近くなっていた。


夕方の光が、完全に、講堂の中から消えようとしていた。


窓の外の空が、深い橙色から、紫がかった色へと、変わり始めていた。


その光の中で、私たちは、向かい合っていた。


言葉にならない緊張が、二人の間に、満ちていた。


私は、左手を、そっと持ち上げた。


指輪が、薄暗い光の中で、静かに光っていた。


「蒼くん」私は言った。


その声が、自分でも驚くほど、静かだった。


蒼は、その手を、じっと見ていた。


何かを、既に、察しているようだった。


私は、指輪を、そっと、外し始めた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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