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【9/17完結!】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第7章「接触」

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第68話「少し遅くなる」

一週間が経とうとしていた。


その間、蒼とは、いつも通り会っていた。図書室で、射場で、時には彼の部屋で。


いつも通り、というのが、日に日に、難しくなっていた。


咲良からの連絡は、少しずつ、頻度が増えていた。「何か進展あった?」というメッセージが、毎日のように届いた。


倉橋からの連絡は、思ったより少なかった。「慎重に進めています」という短い言葉だけが、時折届いた。


その待ち時間の中で、蒼との日常が、続いていた。


その日の放課後、蒼の部屋に行った。


いつも通り、蒼が料理を作ってくれた。今日はカレーだった。


「最近、何かあった?」と食事の途中で、蒼が聞いた。


その質問が、今週、何度目かになっていた。


「特に」私は答えた。


「そう」蒼は、それ以上、深く聞いてこなかった。


食事が終わって、二人でソファに座った。


蒼が、テレビをつけた。何かの番組が流れていたが、内容は、頭に入ってこなかった。


「大学のこと、考えてる」蒼が、ふと言った。


「大学」


「進路のこと。もう三年生だから」


その話題を、これまで蒼と、あまりしたことがなかった。


「蒼くんは、どこか考えてるの」


「まだ、決めてない」蒼は言った。「リアと、同じ大学がいいと思ってる」


その言葉に、胸の奥が、締め付けられた。


蒼は、この先の未来を、私と一緒に想像していた。


でも、その未来が、実際には、もう存在しないかもしれない。


「そうだね」私は、なんとか、いつも通りの声で言った。「一緒だったら、いいね」


蒼は、少し笑った。


その笑顔を、しばらく、見ていた。


今、目の前にいるこの人が、あと何日、こうして笑っていられるのか。


その考えが、頭から、離れなかった。


「リア」蒼が、ふと言った。


「うん」


「最近、俺のこと、あまり見てくれない気がする」


その言葉に、心臓が、大きく跳ねた。


「そう?」私は言った。「気のせいだと思う」


「気のせいかな」蒼は、少し、寂しそうな顔をした。


その表情を見て、胸が痛んだ。


蒼は、何も知らない。彼の日常が、少しずつ崩れ始めていることを、彼自身は、まだ気づいていない。


夜になって、帰る時間になった。


蒼が、駅まで送ってくれた。


「また明日」蒼が言った。


「また明日」


改札を抜けて、蒼の姿が、見えなくなるまで、見送った。


ホームに降りた。電車を待った。


スマートフォンを、取り出した。


倉橋から、メッセージが来ていた。


「明日、逮捕状の請求が完了します」


その文字を、何度も、読み返した。


明日。


その言葉が、頭の中で、重く響いた。


明日、この日常が、終わる可能性があった。


電車に乗った。窓の外の景色が、流れ始めた。


家に帰った。颯太が、リビングにいた。


「おかえり」


「ただいま」


「今日も、蒼くんの部屋?」


「うん」


颯太は、少しの間、私を見ていた。


「姉ちゃん、最近、疲れてる感じする」颯太は言った。


「そう?」


「うん。何か、あった?」


その質問に、答える言葉が、見つからなかった。


「ちょっと、色々」私は言った。


颯太は、それ以上、深く聞いてこなかった。


自室に戻った。ベッドに座った。


明日、逮捕状の請求が、完了する。


その事実を、頭の中で、繰り返し、確かめた。


明日から、事態が、どう動くのか、まだ分からなかった。


でも、蒼との、この穏やかな日々が、確実に、終わりに近づいていることだけは、分かった。


窓の外を、見た。夜の街の明かりが、遠くに見えた。


スマートフォンを、また手に取った。


蒼のトーク画面を、開いた。


何も、打たなかった。


ただ、画面を、見つめていた。


電話をかけようと思った。


明日、何が起きるか分からない。今夜、蒼の声を、もう一度、聞きたかった。


発信ボタンを、押した。


コール音が、鳴った。


三回目のコール音の途中で、蒼が出た。


「リア」


その声を聞いた瞬間、胸の奥が、締め付けられた。


「今日、少し遅くなる」


自分の口から出た言葉が、今日という意味ではなく、これから先の何かを、暗示しているように、自分でも感じた。


蒼が、少しの間、黙っていた。


「何かあった?」蒼は聞いた。


「ううん」私は言った。「ただ、声が聞きたかっただけ」


その言葉に、嘘はなかった。


電話の向こうで、蒼が、少し笑った気配がした。


「そっか」蒼は言った。「おやすみ、リア」


「おやすみ」


電話を切った。


スマートフォンを、握りしめたまま、しばらく、動けずにいた。


窓の外の夜が、静かに、深くなっていった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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