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【9/17完結!】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第7章「接触」

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第65話「共犯だったことも」

倉橋の質問が、部屋の空気を、変えた気がした。


被害が止まった経緯について、何か知っていることはありますか。


その言葉に、答えるまでの数秒間が、とても長く感じられた。


答えないという選択肢も、頭をよぎった。ここで黙っていれば、これまで通り、私は被害者のままでいられた。蒼が何をしたか、目撃者としてだけ話していれば、自分の関与を隠したまま、証言を続けられた。


でも、それは、また同じことの繰り返しだった。


知っていることを、隠す。都合の悪い部分だけを、黙っている。


その選択を、私は、もうしたくなかった。


深呼吸をした。


「知っています」と私は言った。「その夜、その場にいました」


倉橋の表情は、変わらなかった。ただ、静かに、続きを待っていた。


「去年の十月」と私は始めた。「先輩の家に、忘れ物を届けた帰り道でした」


倉橋は、手帳を、また開いた。


「細い道で、男の人が、道端にしゃがんでいました」私は続けた。「様子がおかしくて」


その夜の記憶が、また鮮明に蘇ってきた。


「蒼くんが、その少し先に、立っていました」


倉橋は、何も言わなかった。


「何が起きたのか、直接は見ていません」私は言った。「見たのは、その後の、静けさだけでした」


「その後、どうしましたか」倉橋は聞いた。


「蒼くんは、私に、帰るように言いました」私は続けた。「でも、帰りませんでした」


「なぜ、帰らなかったんですか」


その質問に、答えるのは、これまでの中で、一番難しかった。


「怖かったからです」私は正直に言った。「蒼くんが、一人で、何かを抱えているのが、見えて」


「それで」


「二人で、近くの公園に行きました」


倉橋は、静かに、聞いていた。


「蒼くんの手が、震えていました」私は続けた。「初めて見る、蒼くんの震える手でした」


その光景を、今も、はっきりと覚えている。


「蒼くんは、泣きました」私は言った。「怖い、と言いました。リアを失うのが怖くて、体が止まらなかった、と」


倉橋は、じっと、私の話を聞いていた。


「私は」私は続けた。「蒼くんを、抱きしめました」


その言葉を口にした瞬間、あの夜の感触が、体の中に蘇ってきた。


「そして、言いました。警察には言わない、と」


部屋の中に、しばらく、沈黙が流れた。


「それが」倉橋は、静かに言った。「被害が止まった、本当の経緯ですか」


「はい」


「あなたは、その夜から、今日まで、そのことを、誰にも話さなかった」


「はい」


「なぜ、今、話す気になったんですか」倉橋は聞いた。


その質問に、答える準備は、ずっと前からしていた気がした。


「あの夜、私は、蒼くんを庇いました」私は言った。「その選択の結果、蒼くんは、その後も、同じことを続けました」


倉橋は、頷いた。


「千景さんを、心理的に解体しました」私は続けた。「それも、私が、知らないふりを続けたからです」


自分の声が、少しずつ、はっきりしてきていることに、気づいた。


「私が、あの夜、警察に言っていたら」私は言った。「千景さんは、あんな目に遭わなかったかもしれません」


「それは」倉橋が、口を挟んだ。「あなたのせいだと、決めつけることは、できません」


「でも」私は言った。「私が、共犯だったことは、事実です」


倉橋は、しばらく、私を見ていた。


「共犯」倉橋は、その言葉を、確かめるように、繰り返した。


「そうです」私は言った。「私は、ただの被害者じゃありません。知っていることを、隠し続けた、共犯者でもあります」


その言葉を、はっきりと口にした。


これまで、誰にも言えなかった言葉だった。心の奥に、ずっとしまい込んでいた言葉だった。


「あなたは」倉橋は、静かに聞いた。「なぜ、それを、隠し続けたんですか」


その問いに、答えを、探した。


「蒼くんを、守りたかったからです」私は言った。「あの夜、蒼くんの涙が、本物だと感じました。その涙を、裏切りたくなかった」


「それだけですか」


その質問に、少し戸惑った。


「それだけじゃない、と思います」私は続けた。「でも、その理由は、今、うまく言えません」


倉橋は、頷いた。


「でも」私は言った。「今日、ここに来ました」


「なぜ」


「知っていることを、これ以上、隠しておくことが、できなくなったからです」


倉橋は、しばらく、私を見ていた。


「あなたは」倉橋は、静かに言った。「自分が共犯だったと話すことで、法的な責任を、問われる可能性があります」


「知っています」


「それでも」倉橋は聞いた。「話すんですね」


「はい」


倉橋は、深く息を吐いた。


「なぜ、今、その覚悟ができたのか」倉橋は聞いた。「もう少し、詳しく、聞かせてもらえますか」


その質問に、答えるまでに、少し時間が必要だった。


これまで、蒼を守りたいという気持ちだけで、動いてきたわけではなかった。もっと別の理由が、自分の中にあることに、最近、気づき始めていた。


倉橋は、急かさなかった。ただ、静かに、待っていた。


窓の外で、夕方の光が、少しずつ、色を変え始めていた。


私は、深く息を吸った。


言葉を、探した。


「蒼くんを、守りたいからじゃありません」私は、ゆっくりと言った。


倉橋が、少しだけ、身を乗り出した。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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