表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【9/17完結!】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第7章「接触」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
63/69

第63話「咲良の沈黙」

「咲良」と私は、もう一度、名前を呼んだ。


咲良は、窓の外を見たまま、しばらく答えなかった。


「言いたくないなら、いい」と私は言った。「無理に聞かない」


咲良は、小さく首を振った。


「言うべきだと思う」咲良は、静かに言った。「もう、隠しておくべきことじゃない」


咲良は、深く息を吸った。


「二か月前」咲良は、話し始めた。「蒼くんに、呼び出された」


「呼び出された」


「新聞部の調査のことで、話がある、って」


咲良は、ノートを、強く握っていた。


「行ったら、蒼くんは、一枚の書類を見せてきた」


「書類」


「私の父の」咲良は、言葉を選びながら言った。「昔の、事故の記録」


「事故」


咲良は、しばらく、黙っていた。


「五年前」咲良は、ようやく言った。「父が、飲酒運転で、事故を起こしたことがある」


その言葉に、私は息を止めた。


「幸い、怪我人は出なかった」咲良は、続けた。「でも、父は、その事実を、隠蔽した。会社の力を使って、記録を消した」


咲良の声は、平坦だった。感情を、抑えようとしているのが分かった。


「それを、蒼くんが、知っていた」


「どうやって」


「分からない」咲良は言った。「でも、証拠を持っていた。当時の警察の記録。関係者の証言。全部、揃っていた」


咲良は、一度、目を閉じた。


「蒼くんは、こう言った」咲良は、静かに続けた。「『咲良の正義を貫けば、咲良の父親が、法に裁かれることになる』」


その言葉が、部室の中に、静かに落ちた。


「私は」咲良は、声を震わせた。「正義を信じてる。ずっと、信じてきた。でも、その正義を貫いたら、父が、社会的に終わる」


咲良の目に、涙が浮かんでいた。


「父を、守りたかった」咲良は言った。「正義よりも、家族の方が、大事だった」


その言葉を聞きながら、私は、何も言えなかった。


「だから」咲良は続けた。「調査を、続けられなくなった。倉橋さんとの連絡も、控えるようになった」


「私に、何も言わなかったのは」


「言えなかった」咲良は言った。「言えば、リアさんが、私を助けようとするかもしれない。でも、そうしたら、蒼くんが、何をするか分からなかった」


咲良は、ノートを、テーブルの上に置いた。


「私は」咲良は言った。「正義を、貫けなかった。自分の正義よりも、家族を選んだ」


その告白が、咲良にとって、どれほど重いものか、伝わってきた。


「咲良」と私は、ようやく言った。「それは、咲良のせいじゃない」


「でも」咲良は言った。「私は、リアさんに、何も言わずに、黙ってた。それは、私の選択だった」


咲良の声が、震えていた。


「私も、共犯だったのかもしれない」咲良は言った。「知っていることを、隠し続けたから」


「咲良」


「ごめん」咲良は言った。「もっと早く、話すべきだった」


しばらく、二人とも、何も言わなかった。


窓の外の風が、また木の枝を揺らしていた。


「咲良」と私は、静かに言った。「謝らなくていい」


咲良は、顔を上げた。


「咲良も、同じように、脅されてた」私は言った。「同じように、追い詰められてた。私と、同じように」


咲良は、少しの間、私を見ていた。


「私たち」と私は言った。「二人とも、蒼くんに、大切なものを握られてた」


咲良の目から、涙が、一筋、こぼれた。


「これから、どうしたらいい」咲良は言った。「私、正直、怖い」


「怖いのは、私も同じ」


「でも」咲良は言った。「リアさんは、動こうとしてる。私は、動けなかった」


「動けなかったんじゃない」私は言った。「動けない理由が、あっただけ」


咲良は、しばらく、黙っていた。


「倉橋さんに、連絡する」と私は言った。「一人で、行く」


「一人で」咲良は、驚いた顔をした。「危なくない?」


「危ないと思う」私は言った。「でも、これ以上、誰かを、巻き込みたくない」


「私は」咲良は言った。「もう、巻き込まれてる」


「これ以上、咲良に、負担をかけたくない」


咲良は、しばらく、私を見ていた。


「リアさんが、一人で行くなら」咲良は言った。「私も、何かできることがあれば、言って」


「ありがとう」


「本当に、大丈夫?」咲良は聞いた。「蒼くんに、気づかれたら」


その問いに、明確な答えは、なかった。


「分からない」私は正直に言った。「でも、これ以上、黙っていることは、できない」


咲良は、深く頷いた。


「連絡先、渡した通りに」咲良は言った。「倉橋さんは、信頼できる人だと思う」


「うん」


「気をつけて」


「咲良も」


部室を出た。夕方の廊下を、一人で歩いた。


さっき聞いた咲良の話が、頭の中で、繰り返されていた。


咲良の父の、隠蔽された事故。それを、蒼が握っていたこと。


咲良も、私と同じように、蒼の手の中にあった。


蒼が、どれほど多くの人間を、こうして掌握しているのか。想像すると、恐ろしくなった。


でも、その恐怖の中で、一つだけ、はっきりしていることがあった。


これ以上、黙っていることは、できない。


その決意だけを、抱えて、私は、駅への道を歩き続けた。


ポケットの中に、倉橋の連絡先が書かれたメモが、入っていた。


明日、連絡する。


その決意を、もう一度、確かめながら、夕暮れの道を歩いた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ