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【9/17完結!】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第7章「接触」

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第62話「咲良への連絡」

放課後、新聞部の部室に向かった。


ドアをノックした。返事があった。


中に入ると、咲良が、一人で座っていた。机の上に、ノートが置かれていた。


「来たね」と咲良が言った。


「うん」


「座って」


向かい合って座った。部室は、いつもより静かに感じられた。


しばらく、どちらも、何も言わなかった。


先に口を開いたのは、咲良だった。


「何から話す?」


「咲良から先に、聞いてもいい」と私は言った。「咲良が、何を知ってるか」


咲良は、少しの間、私を見ていた。


「先に、リアさんが話してほしい」と咲良は言った。「私が話すと、リアさんの話が、影響を受けるかもしれない」


その言葉に、咲良の慎重さを感じた。咲良は、いつも、こういう配慮をする。


深呼吸をした。話す順番を、昨夜、何度も考えていた。


「蒼くんの部屋で」と私は始めた。「引き出しを見つけた」


咲良の表情が、少しだけ、動いた。


「鍵のかかっているはずの引き出しだった。でも、鍵がかかっていなくて」


咲良は、何も言わずに、聞いていた。


「中に、ファイルがあった。何冊も」


「ファイル」


「千景さんのファイル。ストーカーだった、あの男性のファイル。私の父のファイル」


咲良の目が、大きく見開かれた。


「全部、蒼くんが、記録していた」


咲良は、しばらく、言葉を失っていた。


「それだけじゃない」と私は続けた。「私についての記録もあった。四十七件の、些細な言葉。廊下の雑談まで、記録されてた」


「そんな」


「排除検討中、という分類があった。三件」


咲良の顔から、色が引いていくのが分かった。


「そして」と私は言った。「私自身のファイルもあった。一番分厚いファイル」


「そこに、何て」


「守護対象。最優先。永続」


その言葉を、口に出した瞬間、また、あの日の感覚が戻ってきた。床に座り込んだ、あの瞬間の感覚が。


咲良は、しばらく、何も言えずにいた。


「咲良」と私は言った。「咲良は、何を知ってる」


咲良は、深く息を吐いた。


「私も」咲良は静かに言った。「一人で、調べてきた」


「どこまで」


「かなり、深いところまで」


咲良は、ノートを開いた。ページをめくる手が、少し震えていた。


「倉橋という刑事さんがいる」と咲良は言った。「国際犯罪課の」


初めて聞く名前だった。


「その人から、聞いた話がある」


「どんな話」


咲良は、少しの間、黙っていた。


話すべきかどうか、迷っているようだった。


「五年前」咲良は、ゆっくりと言った。「蒼くんの家族が、アメリカで、殺された」


その言葉を聞いた瞬間、体の中を、冷たいものが走った。


「殺された、って」


「父親、母親、そして妹。三人とも」咲良は、静かに続けた。「蒼くんは、その場にいた」


灯のことを、思い出した。


小学生の頃、私を「おねえちゃん」と呼んでいた、蒼の妹。灯は元気だよ、と蒼が言った、あの半拍の沈黙を、思い出した。


「灯ちゃんも」と私は聞いた。声が、震えた。


咲良は、静かに頷いた。


「灯は元気だよって」私は言った。「言われたことがある。ずっと前に」


咲良は、何も言わなかった。ただ、私を見ていた。


「嘘だったんだ」


その事実が、胸の中に、深く沈んでいった。


「犯人グループは」咲良が続けた。「司法取引で、数年で釈放された」


「数年で」


「三人を殺して、数年」


咲良の声にも、感情が滲んでいた。


「その後」咲良は言った。「その犯人グループは、一年以内に、全員、消えた」


「消えた、って」


「三人は死亡。二人は行方不明」咲良は、ノートを見つめながら言った。「十四歳の蒼くんが、単独で、その崩壊を設計した可能性がある」


その言葉が、頭の中で、鈍く響いた。


十四歳。私が知っている蒼と、そう変わらない年齢だった。その年齢で、蒼は、既に、これほどのことをしていた。


「十四歳で」と私は言った。「そんなことが」


「普通は、できない」咲良は言った。「だから、誰も疑わなかった」


しばらく、二人とも、何も言わなかった。


部室の中に、時計の音だけが響いていた。


「咲良」と私は、ようやく言った。「どうしたらいいと思う」


咲良は、しばらく、考えていた。


「一人では、もう無理」咲良は言った。「私も、リアさんも」


「うん」


「倉橋さんに、連絡してみたら」


「連絡先を、知ってるの」


咲良は、頷いた。


そして、少しの間、動かなかった。


その沈黙が、いつもの咲良の沈黙と、少し違う気がした。何かを、迷っているような、抱えているような沈黙だった。


「咲良」と私は聞いた。「大丈夫?」


咲良は、しばらく、答えなかった。


「大丈夫」と咲良は、ようやく言った。声が、少し掠れていた。


咲良は、鞄から手帳を取り出した。ページをめくり、そこに書かれていた番号を、メモ用紙に書き写し始めた。


その手が、少し震えていることに、私は気づいた。


「はい」と咲良は、メモを差し出した。「倉橋さんの連絡先」


受け取った。紙の上に、番号と名前が、丁寧な字で書かれていた。


「咲良も、一緒に連絡してくれる」と私は聞いた。


咲良は、一瞬、目を伏せた。


「私は」咲良は、静かに言った。「少し、考えたいことがある」


その言い方に、何か引っかかるものがあった。


「何かあったの」と私は聞いた。


咲良は、しばらく、黙っていた。


その沈黙が、さっきよりも、さらに長く続いた。


窓の外で、夕方の風が、木の枝を揺らしていた。


咲良の顔に、これまで見たことのない表情が、浮かんでいた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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