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【9/17完結!】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第7章「接触」

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第61話「決意」

夜が、深くなっていた。


スマートフォンを、握ったまま、私は、ベッドの上に座り続けていた。


何度も、同じ問いを、自分に投げかけていた。


このまま、何もしないのか。


何もしない、というのが、どういうことか、少しずつ、はっきりしてきていた。


何もしない、というのは、これまでと同じことだった。見て見ぬふりをする。聞かないことを選ぶ。知らないままでいることを、選び続ける。


その選択を、私はずっと続けてきた。千景の炎上のとき。ストーカー事件のとき。そして、あの夜、蒼を抱きしめて、警察には言わないと決めたとき。


その全部の先に、今があった。


千景。ストーカーの男性。私の父。そして、四十七件の些細な言葉、六件の要注意、三件の排除検討中。


その一つ一つに、私が知らないふりを続けたことが、繋がっていた。


知らないふりを続けることが、優しさだと思っていた時期があった。蒼を信じることだと、思っていた。


でも、今は違った。


知らないふりを続けることは、優しさではなかった。それは、蒼が誰かを傷つけ続けることを、黙って見過ごすことだった。


千景は、心理的に解体された。私が、それを知らないふりをしたから。


ストーカーの男性は、精神的に破壊された。私が、それを見て見ぬふりをしたから。


父は、社会的に追い詰められた。私が、そこに蒼の影を感じても、深く考えないことを選んだから。


その全部に、私は、間接的に加担していた。


黙っていることは、優しさではない。


その言葉が、頭の中で、はっきりとした形を持ち始めた。


蒼を、守りたいという気持ちが、まだ自分の中にあることは、否定できなかった。蒼への愛情が、消えたわけではなかった。


でも、その愛情のために、これから先も、蒼が誰かを傷つけ続けることを、黙って見過ごすことは、できなかった。


黙っていることは、私にもできない。


その言葉が、口から出ないまま、頭の中で、確かな形になった。


窓の外を見た。夜の街の明かりが、遠くに見えた。


これから、何をすべきか。


一人で、この問題を、抱え続けることは、もう限界だった。誰かに、話さなければならない。


でも、誰に話せばいいのか。


咲良のことを、思い出した。


咲良は、ずっと調査を続けていた。あの夏から、ずっと。咲良が、何かを掴んでいることは、以前から気づいていた。


咲良になら、話せるかもしれない。


でも、話すということは、咲良を、この問題の中に、さらに深く引きずり込むことでもあった。


咲良の身に、何かが起きる可能性を、考えなかったわけではなかった。


蒼のファイルの中に、咲良の名前があった。要注意。継続的な調査活動を確認。情報統制、必要に応じて牽制。


その言葉を、思い出した。


咲良は、既に、蒼から警戒される対象になっていた。もし、私が咲良に話せば、その状況が、さらに悪化するかもしれない。


それでも。


咲良は、既に、一人で危険な場所に、足を踏み入れていた。私が話さなくても、咲良は、既にその中にいた。


だとしたら、私が知っていることを、隠しておく理由はなかった。


むしろ、私が知っていることを話すことで、咲良を、少しでも守れるかもしれない。


その考えに、たどり着いた瞬間、スマートフォンを持つ手に、力が入った。


咲良に連絡しよう。


そう決めた。


でも、何を話せばいいのか。どこから話せばいいのか。


蒼の部屋で見たもの全部を、一度に話すことは、できない気がした。話す順番を、考える必要があった。


まず、咲良が、どこまで知っているのかを、確認する必要があった。


咲良の調査が、どこまで進んでいるのか。倉橋という刑事のことを、咲良自身は、まだ私に話していなかった。でも、咲良が何かを掴んでいることは、感じていた。


咲良も、私に、全部を話していない部分があるのかもしれない。


お互いに、隠していることがある。それを、今夜、明らかにする必要があった。


時計を見た。深夜近かった。今夜、連絡するのは、遅すぎるかもしれなかった。


でも、明日まで待つことが、正しいとも思えなかった。


一晩、この決意を、抱えたまま眠ることが、できる気がしなかった。


スマートフォンを、握り直した。


咲良のトーク画面を、開いた。


何と打てばいいのか、少し考えた。


すぐに全部を話すことは、難しい。でも、何かを、始めなければならなかった。


指を、画面に置いた。


『咲良、まだ起きてる?』


送信した。


既読が、すぐについた。


『起きてるよ。どうしたの』


咲良からの返信が、すぐに来た。


咲良も、今夜、何かを抱えて、起きていたのかもしれない。そう思った。


『明日、少し時間ある?』と私は打った。


『あるよ』とすぐに返ってきた。『何かあった?』


何かあった、という一言に、今夜の全部が、詰まっている気がした。


『話したいことがある』とだけ、打った。


送信ボタンを、押した。


指が、少しだけ震えていた。でも、押せた。それだけで、今夜は、十分だった。


既読が、すぐについた。


しばらく、返信が来なかった。


咲良が、何かを考えているのかもしれなかった。


数分後、返信が来た。


『分かった』


その一言だけだった。


いつもの咲良なら、もっと、色々と聞いてくるはずだった。でも今夜は、それだけだった。


咲良も、何かを感じ取っているのかもしれなかった。


『明日、放課後、新聞部の部室に来て』と、続けて来た。


『分かった』と私は返した。


画面を閉じた。


スマートフォンを、テーブルに置いた。


窓の外を見た。夜が、まだ深く続いていた。


黙っていることは、私にもできない。


その言葉を、もう一度、頭の中で確かめた。


確かめても、恐怖は消えなかった。これから話すことで、何が起きるのか、想像もつかなかった。


蒼との関係が、どうなるのか。咲良を、どこまで巻き込むことになるのか。


それでも、今夜、決めたことを、変えるつもりはなかった。


ベッドに、横になった。


眠れる気がしなかった。それでも、目を閉じた。


明日、咲良に、何を話すか。


その順番を、頭の中で、何度も、組み立て直していた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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