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【9/17完結!】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第6章「開かずの記録庫」

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第55話「廊下の雑談まで」

分厚いファイルを開いた。


最初のページに、一覧表があった。名前が、何十人分も並んでいた。


学年、クラス、名前。教師の名前も混ざっていた。田村先生の名前もあった。


一人ひとりの名前の横に、短い説明と、日付があった。


最初の名前を見た。同じクラスの女子生徒だった。日付は去年の四月。


「対象発言:瀬戸川さんってさ、また一人なんだね。分類:軽度。対応:経過観察」


その文章を、何度も読み返した。


これは、入学した年の四月に、私が教室で聞いた言葉だった。誰かが、聞こえよがしに言った言葉。あの時のことを、蒼が記録していた。


私が、その場にいたことすら、蒼は知る由がなかったはずだ。誰かから聞いたのか、それとも、別の方法で知ったのか。


ページをめくった。


次の名前があった。別の生徒だった。


「対象発言:リアちゃんって近寄りがたいよね。分類:軽度。対応:経過観察」


これも、廊下の雑談だった。私自身、直接聞いたわけではない。誰かが、私のいないところで言った言葉だった。


なぜ、これを蒼が知っているのか。


考えたくなかったが、答えは想像できた。誰かに聞かせていたのか、あるいは、盗聴のようなことまでしていたのか。


背筋が、また冷たくなった。


ページをめくるたびに、同じような記録が続いた。廊下の雑談。SNSでの、名前を出さない愚痴。授業中の、ちょっとした視線。


その全部が、記録されていた。分類され、対応が検討されていた。


「軽度」という分類が並ぶ中、時々、違う分類が現れた。


「中度」


そう書かれた項目に、目が留まった。


隼の名前だった。


「対象発言:リアさんに告白しようか迷ってる。分類:中度。対応:経過観察、必要に応じて介入検討」


隼の名前を見て、胸が締め付けられた。


隼は、ただ純粋に、私のことを気にかけてくれていただけだった。それすら、蒼は記録していた。介入検討、という言葉が、何を意味するのか、考えたくなかった。


さらにページをめくった。


咲良の名前もあった。


「対象:橘咲良。分類:要注意。理由:継続的な調査活動を確認。対応:情報統制、必要に応じて牽制」


要注意。


咲良が、蒼にとって、警戒すべき対象として記録されていた。


咲良が調査を続けていることを、蒼はずっと前から知っていた。


情報統制、牽制、という言葉の意味を、深く考えたくなかった。でも、咲良に対して、蒼が何かをしていた可能性を、否定できなかった。


咲良は、大丈夫なのだろうか。


その疑問が、頭の中で、警報のように鳴り響いた。


さらに読み進めた。


「排除検討中」


その文字が、初めて現れたのは、千景の名前の隣だった。


炎上前の記録だった。千景が私への中傷を始めた、まさにその時期の記録だった。


「対象:御堂千景。分類:要注意。理由:継続的な加害行為。対応:排除検討中」


排除、という言葉の重さを、私は既に知っていた。千景のファイルで、それがどんな結果になったかを、見ていた。


千景の名前の後にも、何人か、「排除検討中」の分類がついた名前があった。


一人は、去年、私の陰口を頻繁に言っていたという、別の生徒の名前だった。もう一人は、SNSで私への誹謗中傷を繰り返していた、名前も知らない誰かだった。


その二人が、今どうなっているのか、私には分からなかった。


分からないことが、今は一番怖かった。


リストの最後のページに、集計のようなものがあった。


「軽度:四十七件」「中度:十二件」「要注意:六件」「排除検討中:三件」「完了:三件」


その数字を、何度も見返した。


四十七件の「軽度」。私の知らないところで、私についての些細な言葉が、これほど大量に、記録されていた。


一年以上の間、蒼は、私に関わる、ありとあらゆる言葉を、拾い集めていた。


守るため、という理由が、頭に浮かんだ。あの部屋で、蒼が何度も言っていた言葉が。


守る、ということが、これほどまでの監視と、これほどまでの記録を意味するとは、思っていなかった。


ファイルを閉じた。


手の震えは、もう止まらなくなっていた。


膝の上に置いたファイルを、しばらく見つめていた。


千景。ストーカーの男性。父。そして、四十七件の些細な言葉と、六件の要注意、三件の排除検討中。


その全部の先に、まだ見ていないものがあった。


引き出しの一番奥にある、あの分厚いファイル。


瀬戸川リア。


自分の名前が書かれた、あのファイルを。


まだ、開いていなかった。


リストを、引き出しに戻した。


震える手で、その奥にあるファイルに、手を伸ばした。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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