表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【9/17完結!】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第5章「解剖、始まる」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
48/58

第48話「並行する時間」

12月24日。


橘咲良は、その日の夜を、覚えている。


咲良自身は、その夜、家で一人、ノートを開いていた。




その日の午後、咲良は市立図書館にいた。


初めて倉橋と出会う、少し前のことだった。


学院の創立史の資料を探しながら、咲良は自分のノートに、こう書いていた。


「十二月二十四日。御堂千景の炎上について、再検証。十三アカウントの投稿間隔、改めて分析。人力での同時実行、限りなく困難と判断」


その記録をつけている間、咲良は、リアが今夜、蒼と会っていることを知らなかった。


知る由もなかった。




同じ時刻、リアは、駅の改札前で、蒼を待っていた。


イルミネーションの光の中で、二人は夕食に向かっていた。


指輪が、白い箱の中で、まだリアに渡される前だった。




咲良は、図書館を出て、家に帰った。


夕飯を食べながら、母親と少し話した。


「クリスマスなのに、家にいるの」と母親が聞いた。


「調べ物があって」


「新聞部?」


「そんな感じ」


咲良は、詳しくは話さなかった。


話せることではなかった。




夕食後、自室に戻った。


ノートを開いた。


千景の炎上の記録を、もう一度見直していた。


十三のアカウント。


三十秒以内の同時投稿。


技術的な検討を、何度も繰り返していた。




同じ頃、リアは、街灯の下で、蒼から指輪を受け取っていた。


長い沈黙のあと、左手の薬指に、それを嵌めていた。




咲良は、その夜のことを、後になって知ることになる。


一月になって、リアから「実は」と聞かされたとき、咲良は驚いた顔を作った。


驚いていないわけではなかった。


でも、咲良が驚いた部分と、リアが期待していた驚きの部分は、少し違っていた。




「本当によかったね」と咲良は、あのとき言った。


心から、そう思っていた。


同時に、頭の中では、別のことも考えていた。


蒼が、あの夜、何を考えて指輪を選んだのか。


その動機の中に、咲良が調べている全てが、含まれているのかどうか。




考えても、答えは出なかった。


出ないまま、咲良は「本当によかったね」を、繰り返した。


その言葉に、嘘はなかった。


リアの幸福を願う気持ちは、本物だった。




今、三月になって、咲良は、あの十二月の夜を、改めて思い出していた。


同じ夜、二人は、全く違うことをしていた。


リアは、指輪を受け取っていた。


咲良は、ノートに、疑惑の記録をつけていた。




その並行した時間が、咲良には、今になって、重く感じられた。


あの夜、咲良が知っていることを、少しでもリアに話していたら。


指輪を受け取る前に、リアが何かを知っていたら。


何かが、変わっていただろうか。




分からなかった。


分からないことが、今の咲良には、一番苦しかった。




咲良は、ノートの、十二月二十四日のページを、もう一度開いた。


そこに書かれていたのは、技術的な分析だけだった。


感情の記録は、なかった。


でも今、そのページを見ると、咲良は、あの夜の自分の孤独を、思い出した。




一人で、ノートに向き合っていた夜。


同じ街のどこかで、リアが幸福の絶頂にいた夜。


その二つの時間が、今、咲良の中で、重なっていた。




咲良は、ノートを閉じた。


この章の記録は、ここで一旦、終わりにしようと思った。


これ以上、一人で抱えることに、限界を感じていた。




倉橋との会話。


作文のコピー。


千景の炎上の分析。


ストーカー事件の不明な部分。


全部が、咲良の中に、積み重なっていた。




窓の外を見た。


三月の夜だった。


もうすぐ、桜が咲く季節だった。




咲良は、スマートフォンを手に取った。


リアのトーク画面を開いた。


何か月も、話せずにいたことが、そこにあった。


---


『明日、少し時間ある?』と打った。


送信するかどうか、少し迷った。


でも、送った。




既読が、すぐについた。


『あるよ、どうしたの』


咲良は、しばらく、返信を考えた。


すべてを、今すぐ話すことはできない。


でも、何かを、話し始める必要があった。




『話したいことがあって』とだけ、送った。


『分かった』とリアから返ってきた。『楽しみにしてる』


楽しみにしてる、という言葉が、今夜の咲良には、少し重かった。




咲良は、スマートフォンを置いた。


窓の外の、三月の夜を見た。


明日、リアに何を話すか。


どこまで話すか。


まだ、決めていなかった。




決めていないまま、咲良は、ベッドに横になった。


十二月の夜と、今夜が、頭の中で、まだ重なっていた。


あの夜、リアは幸福だった。


その幸福は、本物だった。


本物の幸福の裏側で、咲良は、違う時間を生きていた。




その二つの時間が、明日、初めて交わることになる。


咲良は、目を閉じた。


眠れるかどうか、分からなかった。


分からないまま、三月の夜は、静かに更けていった。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ