表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【9/17完結!】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第5章「解剖、始まる」

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
44/58

第44話「14歳の設計」

 三度目の連絡は、咲良からだった。


『もう少し、聞かせてもらえませんか』


 倉橋からの返信は早かった。


『同じ場所で』


 


 二月の終わり。


 咲良は再び、駅前のカフェの奥の席で倉橋と向かい合っていた。


 今日のコーヒーは、咲良が先に頼んでいた。


「今日は私が払います」


「この前、ごちそうになったので」


 倉橋は少しだけ笑った。


「律儀だね」


「刑事さんの時間をいただいているので」


 倉橋はコーヒーを一口飲んだ。


「今日は、何が聞きたい」


「犯人グループが釈放された後です」


 咲良は倉橋を見た。


「その後、何が起きたんですか」


 


 倉橋はしばらく黙っていた。


「これから話すことは、正式な起訴事実にはなっていない」


「つまり」


「限りなく黒に近い。ただ、証明できていない」


「それでも聞かせてもらえますか」


 倉橋は静かに頷いた。


「ただし、記録には残さないでほしい」


 咲良はペンを閉じた。


「頭で覚えます」


 


「釈放された犯人グループは五人だった」


 倉橋は淡々と話し始めた。


「主犯格が一人。実行役が三人。情報を扱う男が一人」


「五人……」


「釈放から一年以内に、その五人は組織から姿を消した」


「姿を消した」


「三人は死亡が確認された。残る二人は、今も行方不明だ」


 咲良は黙って聞いていた。


「死亡した三人は」


「一人は組織内の抗争に巻き込まれたとされた」


 倉橋は続ける。


「もう一人は、密告者だと疑われて始末された」


「密告者」


「組織の中で、仲間を売ったという噂が広まった」


「本当だったんですか」


「分からない」


 倉橋は首を横に振った。


「事実だったかどうかは重要じゃない。噂を信じた者がいた。それだけだ」


「三人目は」


「主犯格だ」


 倉橋は静かに言った。


「仲間への疑いを深め、最後は組織の中で孤立した」


 そこで言葉を切る。


「そして粛清された」


 


「全部……」


 咲良は息を整えた。


「朝比奈くんが仕組んだことなんですか」


 倉橋はすぐには答えなかった。


「証拠はない」


 短く言う。


「だが、状況は一つの方向を指している」


「状況」


「組織の中で、不自然な噂がいくつも流れ始めた」


「どんな」


「互いを疑わせる内容だ」


 倉橋は、それ以上は踏み込まなかった。


「裏切りがある。誰かが情報を流した。誰かが利益を独占した。そんな断片だけが広がった」


「発信源は」


「特定できていない」


 倉橋は静かに言う。


「ただ、その時期が朝比奈蒼の足取りと重なっていた」


 咲良は、自分が息を止めていたことに気づいた。


 


「十四歳で」


 ようやく声が出た。


「そんなことが、できるんですか」


「普通なら無理だ」


 倉橋は即答した。


「だから誰も疑わなかった」


「疑わなかった……」


「犯罪組織が内部崩壊する例は珍しくない」


 倉橋は視線を落とした。


「裏切りも粛清も、彼らの世界では日常だ」


 そして小さく続けた。


「だから誰も思わなかった」


「十四歳の子どもが、その崩壊を設計したなんて」


「どうやって……」


 咲良は思わず口にした。


「組織を動かしたんですか」


 倉橋は首を横に振った。


「そこは話せない」


 その声には迷いがなかった。


「方法を語るつもりはない」


 咲良も、それ以上は聞かなかった。


 聞いてはいけない一線なのだと分かった。


 


「分かっているのは一つだけだ」


 倉橋は静かに続ける。


「複数の人間が、それぞれ別々に動いた」


「別々に」


「本人たちは、自分が何に関わっているのか理解していなかった可能性が高い」


「利用された……」


「そう考えるのが自然だ」


 倉橋はコーヒーを見つめた。


「全体像を知る者は、おそらく一人しかいなかった」


 咲良は言葉を失った。


 


 頭の中で、これまでの出来事が一本につながっていく。


 御堂千景の炎上。


 十三のアカウント。


 三十秒以内の同時投稿。


 誰か一人が前に立って動かすのではない。


 人と情報の流れ、そのものを動かす。


 構造だけが、重なって見えた。


 


「刑事さん」


 咲良はゆっくり口を開いた。


「これは……殺人なんですか」


 倉橋は長い沈黙のあと、答えた。


「僕にも分からない」


「……」


「直接手を下したわけではない」


 静かな声だった。


「だが、彼が組み上げたものが、人の死につながった可能性は高い」


「法律では」


「証明できなければ罪にはならない」


 倉橋は淡々と言う。


「そして今も、それは証明できていない」


 


「どうして」


 咲良はもう一つだけ尋ねた。


「誰も、子どもを疑わなかったんですか」


 倉橋は静かに咲良を見返した。


「大人は思い込む」


「思い込み」


「悲劇に遭った子どもは、守られる側だと」


 そこで一度言葉を切る。


「その子どもが、自分の意思で巨大な復讐を設計するとは考えない」


 咲良は何も言えなかった。


「かわいそうな被害者と、冷静な設計者」


 倉橋は小さく息を吐く。


「その二つが同じ人間の中にあるとは、多くの人は受け入れられない」


 


「刑事さんは」


 咲良は尋ねた。


「いつから朝比奈くんを疑っていたんですか」


「事件のあとだ」


 倉橋は答えた。


「崩壊の流れが、偶然にしては出来すぎていた」


「でも証拠は」


「何一つなかった」


 倉橋は苦く笑った。


「だから追い続けるしかなかった」


「五年間」


「そうだ」


 短い返事だった。


「彼は日本へ戻り、高校生として生活していた」


 少しだけ視線を伏せる。


「少なくとも表向きは、ごく普通に」


 


 咲良は黙っていた。


 聞きたいことは、まだある。


 だが、頭の中は限界だった。


 一つ事実を受け止めるたびに、新しい疑問が生まれる。


 その繰り返しだった。


「今日は……ここまでにします」


 倉橋は静かに頷いた。


「それでいい」


「無理に理解しようとしなくていい」


「……はい」


「知ってしまった事実は消えない」


 倉橋は立ち上がった。


「その重さだけは、時間をかけるしかない」


 


 二人は店を出た。


 駅前で別れる。


 倉橋は人混みの中へ消えていった。


 


 咲良は一人で歩いた。


 頭の中では、今日聞いた話が何度も繰り返されていた。


 十四歳。


 家族を失った少年。


 直接手を下すことなく、巨大な犯罪組織を内側から崩壊へ向かわせた疑い。


 そして。


 誰も、それを子どもの仕事だとは思わなかった。


 


 家へ向かう途中、咲良は足を止めた。


 御堂千景の炎上。


 十三のアカウント。


 三十秒以内の投稿。


 あの出来事を思い返す。


 規模は違う。


 結果も違う。


 それでも、根底にある発想だけは、同じ場所から生まれているように思えた。


 


 自室へ戻ると、咲良はノートを開いた。


 倉橋との約束は守る。


 今日聞いた内容は書かない。


 代わりに、一行だけ記した。


『誰も、子どもが設計したとは思わなかった』


 その一文だけが、白いページに残った。


 咲良はしばらく、その文字を見つめる。


 答えは、まだどこにもなかった。


 ノートを閉じる。


 冬の終わりの夜は、静かに更けていった。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ