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【9/17完結!】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第4章「虚飾の晩餐」 

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第36話「三人の放課後」

十二月の最終週になった。


冬休みまで、あと数日だった。


教室は浮ついていた。


テスト明けの解放感と、年末の空気が混ざって、どこか締まりがない。私はその空気を窓際の席から眺めながら、左手の指輪を親指でなぞった。


癖になっていた。


気づくとやっている。


悪くない癖だと思っていた。


放課後、隼が来た。


「なあ、暇?」


「暇じゃないけど、何」


「三人でどっか行こうよ。蒼も来るって」


「どこに」


「駅前のファミレス。テスト終わったし」


断る理由がなかった。


「分かった」と言った。


隼が「やった」と言った。


この男はいつも嬉しそうだ。裏表がなくて、感情がそのまま出る。見ていて疲れない。


射場に寄った。


今日は短く、五本だけ引いた。


五本とも入った。


片付けをしていると蒼が来た。


「今日は早いね」と言った。


「隼に呼ばれたから」


「うん、俺も」蒼は入り口にもたれた。「リアも来るって聞いた」


「聞いたんだ」


「隼が嬉しそうに言ってた」


「あいつはいつも嬉しそうだね」


「そうだね」蒼は少し笑った。「それがいいところだと思う」


その笑い方が、今日は少し柔らかかった。


隼の話をするときの蒼の顔は、いつもと少し違う。


最初に気づいたのは夏だった。


今日も同じだった。


三人でファミレスに入った。


隼がメニューを広げながら即座に「俺、ハンバーグ」と言った。


「早い」と私は言った。


「決めてた。昨日から」


「昨日から?」


「テスト終わったらハンバーグって決めてた」


「それが勉強のモチベーションだったの」と蒼が言った。


「そう」


「それはそれで、いいと思う」


「だろ」


隼はメニューを閉じた。


こういうやりとりが、三人のいつもの始まり方だった。


隼が何か言う。蒼が受ける。私はそれを聞いている。


聞いていると、自然に口が開くこともある。


今日みたいに。


「私もハンバーグにする」


「お、珍しい」と隼が言った。


「そう?」


「なんかリアさんって、もっとおしゃれなもの食べそう」


「ハンバーグの何がおしゃれじゃないの」


「いや、おしゃれじゃないとは言ってない」


「じゃあ何」


「なんか、意外で」


蒼が「俺もハンバーグにする」と言った。


隼が「お前も?」と笑った。


「三人ともハンバーグか」


「何か問題ある?」と私は言った。


「ない、むしろいい」


料理が来るまで、他愛のない話が続いた。


テストの話。冬休みの話。隼のバスケ部の話。


隼は喋りながら、勝手に水を飲んで、勝手に前のめりになって、勝手に話を広げていく。止まらない。でも不快じゃない。


蒼は時々、短く返した。


「それは大変だったね」


「隼らしいと思う」


「それは正しくないかも」


最後のを聞いて、隼が「え、どこが?」と食いついた。


「バスケの試合の流れって、そんな単純じゃない気がする」


「分かるの、バスケ?」


「見たことはある」


「どこで」


「向こうにいたとき」


向こう、というのはアメリカのことだった。


隼は一瞬だけ、蒼の話の続きを待った。


でも蒼はそれ以上言わなかった。


隼も追わなかった。


このへんの間合いが、二人には自然にある。


ハンバーグが来た。


三人とも同じ皿が並んだ。


「なんか統一感あるな」と隼が言って、少し笑った。


蒼も笑った。


声を出して笑った。


私はその笑い方を、一瞬だけ見た。


射場で見る蒼の笑い方と、図書室で見る蒼の笑い方と、今日の笑い方は違った。


どれが本当の蒼の笑い方か、という問いは違う気がした。


全部、本当なんだと思う。


でも今日の笑い方だけは、どこにも力が入っていなかった。


完全に、抜けていた。


「なんか楽しそうだな、蒼」と隼が言った。


「楽しいよ」


「いつもと違う感じ」


「そう?」


「なんかこう、もっとこう」隼は言葉を探した。「ふわっとしてる」


「ふわっと」


「うん。いつもなんか、ちゃんとしてるじゃん。今日はちょっとそれが薄い感じ」


蒼は少しの間、隼を見た。


「それ、いい意味で言ってる?」


「もちろん」隼はハンバーグを切りながら言った。「俺はいつもの蒼も好きだけど、今日みたいな蒼も好きだよ」


蒼は何も言わなかった。


でも箸が、一瞬だけ止まった。


隼は気づかなかった。


私は気づいた。


ちゃんとしてるが薄い。


その言い方が、妙にしっくりきた。


蒼が「隼は面白いね」と言った。


「褒めてる?」


「褒めてる」


「じゃあ素直に受け取っとく」


また三人で笑った。


今度は私も、声を出して笑っていた。


帰り道、駅で隼と別れた。


蒼と二人になった。


「楽しかった?」と蒼が聞いた。


「楽しかった」


「よかった」


少し歩いた。


「今日の蒼くん、いつもと違った」と私は言った。


「隼もそう言ってた」


「隼が言ったのとは少し違う意味で」


「どう違う?」


私は少し考えた。


「うまく言えない」


「珍しい」蒼が少し笑った。「リアが言葉にできないのは」


「たまにある」


「どんなときに?」


「蒼くんのことで」


蒼は答えなかった。


代わりに、また笑った。


今日何度目かの、力の抜けた笑い方だった。


「ヒントだけ言う?」と私は言った。


「聞く」


「射場で見る顔でも、図書室で見る顔でもなかった」


「じゃあ何の顔?」


「それが言えない」


蒼はしばらく前を向いたまま歩いた。


「隼のそばにいると、楽なんだと思う」と蒼は言った。


「なんで?」


「何も考えなくていいから」


「隼といるときだけ?」


「リアといるときとは、違う楽さ」


「どう違うの」


「隼といるときは、何も考えなくていい」蒼は少し間を置いた。「リアといるときは、ちゃんとしていたい、と思う」


「それは前にも言ってた」


「うん」


「ちゃんとしていたい、って、今日みたいな顔と反対じゃないの」


蒼が止まった。


私も止まった。


向かい合った。


「そうかもしれない」と蒼は言った。


「どっちが本当の蒼くんなの」


「どっちも本当だと思う」蒼はまっすぐ私を見た。「でも、リアの前でだけ、どっちも出せる気がする」


どっちも出せる。


その言葉が、街灯の下に静かに落ちた。


うまく言えなかった。


でも胸の奥に残った。


「帰ろうか」と蒼が言った。


「うん」


また歩き始めた。


言葉にならないものを抱えたまま、駅へ向かった。


改札の前で別れた。


「また明日」


「また明日」


ホームに降りた。


電車が来る。


窓の外が流れ始める。


蒼の笑い方が、まだ頭の中に残っていた。


名前をつけられないまま、それだけが夜に残った。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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