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【9/17完結!】桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第4章「虚飾の晩餐」 

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第34話「指輪」

クリスマスイブだった。


待ち合わせは駅の改札前。


六時ちょうどに着くと、蒼はもうそこにいた。


濃い色のコートを羽織っている。


制服姿しか見慣れていなかったせいか、それだけで少し新鮮だった。


「早いね」


私が言うと、蒼は穏やかに笑った。


「待ちたかったから」


「待つの、好きなの?」


「リアを待つのは好き」


あまりにも自然に言うから、一瞬だけ返事に困った。


「行こう」


蒼が歩き出す。


私もその隣に並んだ。


駅前のイルミネーションは、人であふれていた。


青や白の光が街路樹を包み、歩く人のコートにも淡く映っている。


クリスマスらしい景色だった。


「人、多いね」


「そうだね」


「こういうの苦手だと思ってた」


「前なら苦手だったかも」


「今日は?」


「今日は気にならない」


「どうして?」


蒼は私を見た。


「リアがいるから」


照れた様子もなく言う。


その言葉だけが胸に残った。


歩きながら横顔を見る。


イルミネーションの光が頬を照らしていた。


静かな横顔だった。


きれいだと思った。


でも口にはしなかった。


駅から少し離れた店に入る。


落ち着いた雰囲気の小さなイタリアンだった。


席に案内されてから尋ねる。


「予約してたの?」


「うん」


「いつ?」


「三週間くらい前」


思わず笑う。


「そんな前から?」


「人気だから」


「どうやって見つけたの?」


「調べた」


それだけだった。


でも、その一言で十分だった。


私のために時間をかけたことが伝わってきた。


料理が運ばれてくる。


二人で食べながら、取りとめのない話をした。


隼のこと。


咲良のこと。


三上先生のこと。


冬の大会のこと。


蒼はいつもよりよく笑っていた。


肩の力が抜けている。


無理をして笑っているようには見えなかった。


「楽しい?」


気づけば聞いていた。


蒼は迷わず頷く。


「すごく」


「そっか」


「リアは?」


「楽しい」


今度は私が迷わなかった。


その一言だけで十分だった。


蒼は何も返さない。


ただ少し目を細めた。


その表情だけで、何を思ったのか分かった気がした。


店を出る。


夜風が頬に触れた。


吐く息が白い。


「少し歩こうか」


「うん」


人通りの多い通りを離れ、静かな道へ入る。


街灯が一定の間隔で並び、足元を柔らかく照らしていた。


並んで歩く。


会話はない。


でも居心地は悪くなかった。


話さなくても足並みが合う。


それだけで十分だった。


「リア」


蒼が立ち止まる。


私も足を止めた。


向かい合う。


蒼はコートのポケットへ手を入れ、小さな白い箱を取り出した。


手のひらに収まるくらいの大きさだった。


「渡したいものがある」


静かな声だった。


「開けてもいい?」


「開けてほしい」


箱を受け取る。


指先に少しだけ重みを感じた。


ゆっくり蓋を開ける。


中には一本の指輪が入っていた。


飾りはない。


細い銀色の輪。


街灯の光を受けるたび、やわらかく輝いて見えた。


「リアに似合うと思った」


蒼はそれだけ言った。


理由は一つだけ。


それ以上、何も付け足さなかった。


私は指輪を見つめたまま動けなかった。


時間だけが静かに流れていく。


蒼は急かさない。


黙って待っていた。


返事がどちらでも受け止める。


そんな立ち方だった。


その静けさが、胸に残る。


箱の中の指輪を見る。


小さい。


でも、不思議なくらい存在感があった。


しばらくして、ようやく顔を上げる。


「……受け取ってもいい?」


蒼はすぐに頷いた。


「受け取ってほしい」


私は箱から指輪を取り出した。


左手の薬指へ、そっと通す。


驚くほど自然に収まった。


思わず手元を見つめる。


「ぴったり……」


小さくつぶやくと、蒼が少しだけ笑った。


「サイズ、分かったの?」


「リアの手を、ずっと見てたから」


「手を?」


「弓を引くとき」


そう言われて思い返す。


射場で。


図書室で。


隣を歩くたび。


蒼は本当によく私を見ていた。


「覚えてたんだ」


「うん」


短い返事だった。


でも、その一言に何か月もの時間が詰まっている気がした。


私は左手をかざす。


街灯の光が指輪を照らす。


角度が変わるたび、銀色がやさしく揺れた。


思わず声が漏れる。


「……きれい」


その言葉に、蒼は何も返さなかった。


ただ静かに私を見ていた。


その表情が少しだけ揺らいだ。


笑顔とも違う。


泣きそうとも違う。


初めて見る顔だった。


「ありがとう」


私が言う。


蒼はゆっくり息をついて、


「こちらこそ」


と答えた。


少し不思議な返事だった。


でも、その意味を聞こうとは思わなかった。


今は言葉より、この時間の方が大切だった。


もう一度歩き始める。


来た道を並んで戻る。


左手には指輪。


歩くたびに、その存在を思い出す。


何度も目を落としてしまう。


そのたびに胸が温かくなった。


改札が近づいた頃。


蒼が静かに口を開いた。


「リア」


「うん」


「今日、来てくれてありがとう」


私は笑った。


「私も」


その一言が自然に出た。


考えるより先だった。


改札の前で立ち止まる。


少しだけ名残惜しい沈黙が流れた。


「また明日」


蒼が言う。


「また明日」


お互いに笑う。


蒼は改札を抜けていった。


私はその背中を見送る。


人混みに紛れて見えなくなるまで。


姿が消えてから、左手を見る。


薬指には指輪。


街灯の光を受けて、小さく輝いていた。


そっと指先で触れる。


冷たかった。


それなのに、不思議と温かく感じた。


改札を抜ける。


ホームへ向かう。


電車を待つ間も、何度も左手を見た。


指輪は何も語らない。


それでも、今夜という時間を閉じ込めたように、静かにそこにあった。


電車がホームへ滑り込む。


私は左手をそっと握る。


そのまま乗り込んだ。


窓の外へ流れていくクリスマスの灯りを眺めながら、家路についた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


「続きが気になる」と思っていただけましたら、ブックマークや評価をいただけると励みになります。


一つひとつの応援が、この物語を最後まで書き切る力になっています。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。

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