第25話「数日後の夜」
任せて。
蒼がそう言った日から、四日が経った。
その四日間、蒼は普通だった。
朝は図書室に来た。
昼は隼と食べることもあった。
放課後は射場に来た。
いつもと変わらない蒼だった。
でも私は知っていた。
何かが、どこかで動いている。
その気配だけがあった。
何なのかは分からない。
聞かなかった。
聞かないことを選んでいた。
四日間、選び続けた。
木曜日の夜だった。
颯太は塾だった。
父はいなかった。
母もまだ帰っていなかった。
夕飯を一人で食べた。
皿を洗った。
自室に戻った。
スマートフォンを確認した。
例のアカウントからの通知は、四日間来ていなかった。
来ていない。
その事実だけがあった。
蒼が動いているからかもしれない。
でも確証はなかった。
偶然かもしれなかった。
八時過ぎ、外に出た。
弓道部の先輩から頼まれていた。
忘れ物の弓具を届けてほしい、と。
先輩の家は駅から十分ほどだった。
遠くなかった。
鞄を持って玄関を出た。
夜の空気は少し冷たかった。
十月が近かった。
歩いた。
周囲を意識した。
後ろを確認する。
視界の端を見る。
それが最近の習慣になっていた。
先輩の家に着いた。
インターホンを押した。
弓具を渡した。
五分で終わった。
帰り道に入った。
駅へ向かう道だった。
商店街を抜ける。
少し細い道に入った。
人通りが減る場所だった。
街灯も少なかった。
前方に人がいた。
男性だった。
道の脇にしゃがんでいた。
具合が悪いのかと思った。
酔っているのかとも思った。
近づいた。
そして立ち止まった。
顔が見えた。
知らない男だった。
二十代後半くらいだった。
でも様子がおかしかった。
目が開いていた。
なのに何も見ていなかった。
口が少し開いていた。
膝の上の手には力が入っていなかった。
声をかけようとした。
その瞬間だった。
気づいた。
少し奥に、人影があった。
立っていた。
こちらを見ていた。
蒼だった。
蒼も私を見た。
その顔が、一瞬だけ動いた。
そんな顔をする蒼を、私はほとんど見たことがなかった。
「リア」
静かな声だった。
いつもの声だった。
でも立っている場所だけが、あまりにも違った。
私は蒼を見た。
しゃがんでいる男を見た。
もう一度、蒼を見た。
何が起きたのか分からなかった。
でも。
何かが終わった後だということだけは分かった。
静かだった。
でも、いつもの静けさじゃなかった。
男が小さく声を漏らした。
言葉にならない音だった。
それきりだった。
また静かになった。
私は蒼から目を離せなかった。
蒼も私を見ていた。
何を考えているのか分からなかった。
何をしたのかも分からなかった。
ただ一つだけ分かった。
私は、本当に見てはいけないものの近くまで来てしまった。
誰も動かなかった。
私だけが、自分の心臓の音を聞いていた。
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