第13話「無視の設計」
気づいたのは、水曜日だった。
月曜に何かが変わった。
火曜に確認した。
水曜に、確信した。
変化は小さかった。
だから最初、見落としそうになった。
教室に入ったとき、いつも挨拶してくる女子が目を逸らした。
廊下ですれ違った男子が、声をかけようとして、やめた。
昼休みに、咲良以外の誰かが隣に来ることは元々少なかったが、今週はゼロだった。
数字で言えば、それだけのことだ。
でも空気が変わった。
空気の変わり方には種類がある。
自然に変わるものと、誰かが変えたもの。
今週の変わり方は、後者だった。
昼休み、咲良がいつもより少し早く来た。
弁当を広げる前に、小さな声で言った。
「気づいてる?」
「うん」
「いつから」
「月曜」
咲良は少し安心した顔をした。
気づいていなかったら、どう言おうか考えていたのだと思う。
「SNSの投稿、また増えてたんだよね」
「そう」
「昨日の夜、新しいの三件。今朝見たら、いいねも増えてた」
「クラスの子?」
「何人か。コメントはしてないけど」
見ている。
見た上で、教室での態度が変わった。
「設計されてると思う」と咲良が言った。
「私もそう思う」
「投稿の内容がね、毎回少しずつ変わってるの」
咲良は声をさらに落とした。
「最初は体育祭の話。次はリアさんの態度が冷たいって話。その次は、人を見下してるって話」
「最後のは違う」
「違うけど」
咲良は慎重に言葉を選んだ。
「否定しにくい内容になってる。リアさんって、実際に距離があるじゃない。それ自体は否定できないから、そこに解釈を乗せると反論しづらくなる」
正確な分析だった。
事実の上に解釈を乗せる。
乗せた解釈を否定すると、事実まで否定しているように見える。
「巧妙だね」と私は言った。
「うん。感情的に見えるけど、計算されてる」
「誰か分かりそう?」
「今週中には」
咲良は短く答えた。
それから少し間を置いて、「リアさん、本当に大丈夫?」と聞いた。
「大丈夫かどうかで言えば、大丈夫」
「でも?」
「でも、は、ない」
「あるでしょ、絶対」
咲良の目が、まっすぐこちらを向いていた。
私は少しだけ考えた。
「……少し重い、って感じはある」
「そりゃそうだよ」
咲良は静かに頷いた。
怒らなかった。
慰めなかった。
ただ、「そりゃそうだよ」と言った。
その言い方が、今日は少し楽だった。
午後の授業中、私は教室の空気を観察した。
変化は確かにあった。
私への視線が減った。
視線が減ったのに、意識が増えた。
見ていないふりをして、見ている。
そういう目が、いくつかの席にあった。
どこから広がったのか、考えた。
一人から始まって、二人になり、三人になる。
選ばれた側は、なぜ自分が選ばれたか分からないまま、流れに乗る。
流れに乗ることは、人間の自然な傾向だ。
責める気にはなれなかった。
ただ、設計した人間に対しては、別の感情があった。
感情、と呼べるほどのものかどうか、まだ分からなかったけれど。
放課後、射場に向かう途中の廊下で、千景とすれ違った。
千景は一人だった。
目が合った。
今日の千景の目は、先週とも、その前とも違った。
何かが決まった人間の目だった。
迷いがなかった。
「瀬戸川さん」
「うん」
「体育祭、お疲れ様でした」
「ありがとう」
「走り幅跳び、すごかったね」
「そうでもないよ」
「そうでもなくはないと思うけど」
千景は少し笑った。
自然な笑い方だった。
「私、ああいうの苦手で。リアさんって、何でもできるよね」
何でもできる。
その言い方の温度が、平坦だった。
羨望ではなく、確認に近かった。
「そんなことないけど」
「そう? でも周りはそう思ってるよ」
周りはそう思ってる。
その言葉が、今週の教室の空気と静かにつながった。
「千景さんって」と私は言った。
「うん?」
「何か、私に言いたいことある?」
少し直接的だったかもしれない。
でも今日は、直接聞きたかった。
千景は少し驚いた顔をした。
それからすぐに、いつもの表情に戻った。
「別に」
「そっか」
「リアさんって、そういうとこあるよね」
千景の声は柔らかかった。
「思ったこと、そのまま聞く」
「変だった?」
「変じゃないけど」
千景は少しだけ視線を外した。
「怖いな、って思う。私は」
「怖い、か」
「でも、それがリアさんの普通なんだよね。知ってる」
知ってる。
その言葉が引っかかった。
千景は、私のことをよく見ている。
蒼が言っていた通りだった。
「じゃあね」
千景はそう言って歩いていった。
私はその背中を、一秒だけ見た。
何かを確認しに来た。
そんな感じがした。
何を確認したのかは、分からなかった。
射場に着いた。
蒼はいなかった。
一人で射位に立った。
息を吐いた。
引いた。
外れた。
原因は分かっていた。
引き分けの途中で、千景の「知ってる」という言葉が浮かんだ。
もう一本引いた。
また外れた。
三本目を引こうとして、やめた。
整っていないのに引くのは、悪い癖をつける。
三上先生の言葉だ。
弓を下ろした。
今週起きたことを整理した。
投稿が増えた。
クラスの空気が変わった。
無視が広がった。
千景が確認しに来た。
設計されている。
その設計の目的が何なのか。
私を傷つけること、だとは思っていなかった。
私に気づかせること。
あなたのことを、誰かが見ている。
あなたのことを、誰かが憎んでいる。
その事実を、私に届けること。
それが目的なのかもしれなかった。
届いた、と思った。
足音がした。
蒼だった。
「遅くなった」
「全然」
「弓、引いてた?」
「三本だけ。全部外れた」
蒼は射場の入り口に立ったまま、私を見た。
今日の蒼の目は、いつもと少し違った。
何かを知っている目だった。
「今週、教室の空気変わったね」
質問ではなく、確認だった。
「気づいてたんだ」
「気になってる」
「蒼くんが気にしなくていいよ」
「リアのことだから、気になる」
静かな言い方だった。
感情を乗せない、蒼らしい声だった。
でもその静けさの中に、何かがあった。
「私は大丈夫だよ」
「そう」
「本当に」
「分かった」
納得した感じではなかった。
でも今日は、そこに置いた。
そういう間だった。
蒼が射場に入ってきた。
私の隣に並んで、的を見た。
「もう一本引いてみたら」
「また外れると思う」
「それでもいい」
私は弓を構えた。
引いた。
外れた。
蒼は何も言わなかった。
その沈黙が、今日は少し重かった。
重い、という感覚が、悪くなかった。
帰り道、一人で歩いた。
今週のことを考えた。
設計されている。
咲良が言った。
私もそう思う。
千景が、という確信はまだなかった。
でも廊下で見た千景の目が、頭に残っていた。
何かが決まった人間の目。
その目が、今週の教室の変化とつながっている気がした。
気がする、という言葉を、私は使いたくなかった。
証拠がない。
感覚だけで人を疑うのは、正確ではない。
でも。
今日、三本外れた。
乱れの原因は、千景の「知ってる」という言葉だった。
その言葉が、私の内側の何かを動かした。
傷ついた、とは言いたくなかった。
でも、動いた。
それだけは認めた。
夜道の街灯が、一つずつ灯り始めていた。
七月の夜は、まだ明るかった。
それでも光は必要だった。
明るくても、見えないものがある。
それだけを思いながら、歩き続けた。
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また、歴史ものである本作とは別に、魔剣を手に戦う王女の復讐劇も書いており、戦記物としての熱量はそのままに、ファンタジーならではの逆転劇を描いています。
『魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜』
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