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桜渓の孤星  作者: 筑紫隼人
第2章「鏡合わせの悪意」

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13/21

第13話「無視の設計」

気づいたのは、水曜日だった。


月曜に何かが変わった。


火曜に確認した。


水曜に、確信した。


変化は小さかった。


だから最初、見落としそうになった。


教室に入ったとき、いつも挨拶してくる女子が目を逸らした。


廊下ですれ違った男子が、声をかけようとして、やめた。


昼休みに、咲良以外の誰かが隣に来ることは元々少なかったが、今週はゼロだった。


数字で言えば、それだけのことだ。


でも空気が変わった。


空気の変わり方には種類がある。


自然に変わるものと、誰かが変えたもの。


今週の変わり方は、後者だった。


昼休み、咲良がいつもより少し早く来た。


弁当を広げる前に、小さな声で言った。


「気づいてる?」


「うん」


「いつから」


「月曜」


咲良は少し安心した顔をした。


気づいていなかったら、どう言おうか考えていたのだと思う。


「SNSの投稿、また増えてたんだよね」


「そう」


「昨日の夜、新しいの三件。今朝見たら、いいねも増えてた」


「クラスの子?」


「何人か。コメントはしてないけど」


見ている。


見た上で、教室での態度が変わった。


「設計されてると思う」と咲良が言った。


「私もそう思う」


「投稿の内容がね、毎回少しずつ変わってるの」


咲良は声をさらに落とした。


「最初は体育祭の話。次はリアさんの態度が冷たいって話。その次は、人を見下してるって話」


「最後のは違う」


「違うけど」


咲良は慎重に言葉を選んだ。


「否定しにくい内容になってる。リアさんって、実際に距離があるじゃない。それ自体は否定できないから、そこに解釈を乗せると反論しづらくなる」


正確な分析だった。


事実の上に解釈を乗せる。


乗せた解釈を否定すると、事実まで否定しているように見える。


「巧妙だね」と私は言った。


「うん。感情的に見えるけど、計算されてる」


「誰か分かりそう?」


「今週中には」


咲良は短く答えた。


それから少し間を置いて、「リアさん、本当に大丈夫?」と聞いた。


「大丈夫かどうかで言えば、大丈夫」


「でも?」


「でも、は、ない」


「あるでしょ、絶対」


咲良の目が、まっすぐこちらを向いていた。


私は少しだけ考えた。


「……少し重い、って感じはある」


「そりゃそうだよ」


咲良は静かに頷いた。


怒らなかった。


慰めなかった。


ただ、「そりゃそうだよ」と言った。


その言い方が、今日は少し楽だった。


午後の授業中、私は教室の空気を観察した。


変化は確かにあった。


私への視線が減った。


視線が減ったのに、意識が増えた。


見ていないふりをして、見ている。


そういう目が、いくつかの席にあった。


どこから広がったのか、考えた。


一人から始まって、二人になり、三人になる。


選ばれた側は、なぜ自分が選ばれたか分からないまま、流れに乗る。


流れに乗ることは、人間の自然な傾向だ。


責める気にはなれなかった。


ただ、設計した人間に対しては、別の感情があった。


感情、と呼べるほどのものかどうか、まだ分からなかったけれど。


放課後、射場に向かう途中の廊下で、千景とすれ違った。


千景は一人だった。


目が合った。


今日の千景の目は、先週とも、その前とも違った。


何かが決まった人間の目だった。


迷いがなかった。


「瀬戸川さん」


「うん」


「体育祭、お疲れ様でした」


「ありがとう」


「走り幅跳び、すごかったね」


「そうでもないよ」


「そうでもなくはないと思うけど」


千景は少し笑った。


自然な笑い方だった。


「私、ああいうの苦手で。リアさんって、何でもできるよね」


何でもできる。


その言い方の温度が、平坦だった。


羨望ではなく、確認に近かった。


「そんなことないけど」


「そう? でも周りはそう思ってるよ」


周りはそう思ってる。


その言葉が、今週の教室の空気と静かにつながった。


「千景さんって」と私は言った。


「うん?」


「何か、私に言いたいことある?」


少し直接的だったかもしれない。


でも今日は、直接聞きたかった。


千景は少し驚いた顔をした。


それからすぐに、いつもの表情に戻った。


「別に」


「そっか」


「リアさんって、そういうとこあるよね」


千景の声は柔らかかった。


「思ったこと、そのまま聞く」


「変だった?」


「変じゃないけど」


千景は少しだけ視線を外した。


「怖いな、って思う。私は」


「怖い、か」


「でも、それがリアさんの普通なんだよね。知ってる」


知ってる。


その言葉が引っかかった。


千景は、私のことをよく見ている。


蒼が言っていた通りだった。


「じゃあね」


千景はそう言って歩いていった。


私はその背中を、一秒だけ見た。


何かを確認しに来た。


そんな感じがした。


何を確認したのかは、分からなかった。


射場に着いた。


蒼はいなかった。


一人で射位に立った。


息を吐いた。


引いた。


外れた。


原因は分かっていた。


引き分けの途中で、千景の「知ってる」という言葉が浮かんだ。


もう一本引いた。


また外れた。


三本目を引こうとして、やめた。


整っていないのに引くのは、悪い癖をつける。


三上先生の言葉だ。


弓を下ろした。


今週起きたことを整理した。


投稿が増えた。


クラスの空気が変わった。


無視が広がった。


千景が確認しに来た。


設計されている。


その設計の目的が何なのか。


私を傷つけること、だとは思っていなかった。


私に気づかせること。


あなたのことを、誰かが見ている。


あなたのことを、誰かが憎んでいる。


その事実を、私に届けること。


それが目的なのかもしれなかった。


届いた、と思った。


足音がした。


蒼だった。


「遅くなった」


「全然」


「弓、引いてた?」


「三本だけ。全部外れた」


蒼は射場の入り口に立ったまま、私を見た。


今日の蒼の目は、いつもと少し違った。


何かを知っている目だった。


「今週、教室の空気変わったね」


質問ではなく、確認だった。


「気づいてたんだ」


「気になってる」


「蒼くんが気にしなくていいよ」


「リアのことだから、気になる」


静かな言い方だった。


感情を乗せない、蒼らしい声だった。


でもその静けさの中に、何かがあった。


「私は大丈夫だよ」


「そう」


「本当に」


「分かった」


納得した感じではなかった。


でも今日は、そこに置いた。


そういう間だった。


蒼が射場に入ってきた。


私の隣に並んで、的を見た。


「もう一本引いてみたら」


「また外れると思う」


「それでもいい」


私は弓を構えた。


引いた。


外れた。


蒼は何も言わなかった。


その沈黙が、今日は少し重かった。


重い、という感覚が、悪くなかった。


帰り道、一人で歩いた。


今週のことを考えた。


設計されている。


咲良が言った。


私もそう思う。


千景が、という確信はまだなかった。


でも廊下で見た千景の目が、頭に残っていた。


何かが決まった人間の目。


その目が、今週の教室の変化とつながっている気がした。


気がする、という言葉を、私は使いたくなかった。


証拠がない。


感覚だけで人を疑うのは、正確ではない。


でも。


今日、三本外れた。


乱れの原因は、千景の「知ってる」という言葉だった。


その言葉が、私の内側の何かを動かした。


傷ついた、とは言いたくなかった。


でも、動いた。


それだけは認めた。


夜道の街灯が、一つずつ灯り始めていた。


七月の夜は、まだ明るかった。


それでも光は必要だった。


明るくても、見えないものがある。


それだけを思いながら、歩き続けた。

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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『魔剣に選ばれた王女 〜亡国から始まる反逆の戦記〜』

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