31.第5話後日譚① ヴェロニカはもっとデレたい
ヴェロニカが私に優しくしようとしていることへ気づいたのは、朝食の卵が二つとも私の皿へ載っていたからだった。
「食べないの?」
「私は蜂蜜菓子があるから問題ないわ」
「卵と菓子は交換できないでしょう」
「栄養という広い分類では同じよ」
「今日は何を企んでるの?」
ヴェロニカは傷ついた顔をした。傷ついたように見せるのが上手い顔だったので、本当に傷ついたのかはわからない。
「恋人へ親切にすることを、企みと呼ぶのは偏見では?」
「昨日、私の外套を勝手に着て出かけた人が言ってる」
「恋人同士の衣類は、ある程度共有されるものだと聞いたわ」
「誰に?」
「本に」
食卓の端に、薄桃色の表紙が見えた。
『円満な恋人になるための百の振る舞い』
私が題名を読み終えたところで、ヴェロニカは本を帳簿の下へ押し込んだ。
「読んでるんだ」
「資料として確認しただけよ」
「どこまで?」
「七十四まで」
「かなり確認したね」
「残りは実用性が低かったわ」
私が帳簿を持ち上げると、開かれた頁には細かな書き込みが並んでいた。
『相手を褒める』
余白に、ヴェロニカの字で、
『既知の事実を口にする意義が不明』
『手をつなぐ』
『実施済み。効果は高い』
『小さな贈り物をする』
『資産に比例すべきか要検討』
「最後のだけ探偵事務所の料金表になってるよ」
「贈答にも公平な基準は必要でしょう」
「恋人へ贈る物まで資産に比例させないで」
「では、欲しい物を言って」
「そういうところから自分で考えるんじゃない?」
ヴェロニカは黙った。
視線が、私の短剣、鑑定弓、作業台、棚の砥石を順番に移っていく。どれも仕事道具だった。
「新しい砥石?」
「間に合ってる」
「鑑定弓の弦?」
「昨日替えた」
「短剣?」
「恋人への贈り物に刃物を選ぶの?」
「あなたなら喜ぶ可能性があるわ」
「少しは」
「では候補に残す」
ヴェロニカは帳簿の下から本を引き出し、次の頁をめくる。
『言葉で愛情を伝える』
その項目には、書き込みがなかった。
「これは実施しないの?」
「優先順位を検討中よ」
「七十四まで読んだのに?」
「難易度と順番は一致しないわ」
ヴェロニカは本を閉じた。
「言わなくても、私があなたを重要だと思っていることは明らかでしょう」
「重要と好きは違うよ」
「私にとっては、かなり近いわ」
「同じではないでしょう」
「ええ」
意味を狭めて逃げるかと思ったけれど、ヴェロニカはそこで止まった。
朝の風で、窓の外の看板が小さく軋んだ。ヴェロニカは本へ戻らず、私を見ていた。
「好きよ、ナターリヤ」
あまりに普通の声だったので、私はすぐに返事ができなかった。
ヴェロニカは本を開き直す。
「反応がない場合については書かれていないわね」
「今、調べなくていいから」
「失敗した可能性があるでしょう」
「失敗してない」
「では、成功?」
「そういう聞き方をすると減点したくなる」
「採点制なの?」
「今できた」
「採点基準は事前に提示すべきでは?」
「恋人に規約を要求しないで」
ヴェロニカは不満そうに口を閉じた。
私は食卓越しに手を伸ばし、彼女の頬へ触れた。
「私も好きだよ」
ヴェロニカは目を細めた。
「もう一度言って」
「一度で十分でしょう」
「私は初めて言ったのよ。釣り合いを取るなら、あなたはこれまで黙っていた分も、まとめて言うべきだわ」
「まとめて言えるものじゃないよ」
「回数を分けても構わないわ」
「交渉しないで」
「要求よ」
私は立ち上がり、残りを唇で塞いだ。
離れると、ヴェロニカは得意そうに笑った。
「この方法なら、以前より印象がいいわね」
「今回は黙らせるためでもあるよ」
「目的が二つあるのは効率的だわ」
卵は冷めていた。
ヴェロニカは自分の皿へ一つ戻そうとはせず、代わりに私の手を取った。
少なくとも、七十五番目を調べる必要はなさそうだった。




