30.第5話④ 無職探偵と嘘をつけないナターリヤ
鐘が澄んで鳴った。
足元で、四つ目の青銅文が淡く光る。
「関係について強制された返答に代えて、いまの内容を正式な証言として確定しますか」
「はい」
「証言を終了しますか」
「終了します」
今度の鐘は、真偽を判定する短い音ではなかった。部屋の奥まで届き、古い証言を一つずつ揺らすような、長い響きだった。
壁の金文字が消え、扉の封印がほどけていく。
ようやく外へ出られるようになっても、すぐに帰れる者はいなかった。
廊下から治療師と騎士が入り、ガヴリイルの遺体と押収した書類を運び出した。私たちも別室で、今日見たことをもう一度説明することになった。
ガヴリイルが売った七つの職印と、改竄された過去の審査記録は、典録院が全面的に調べ直す。生きている本来の候補者には資格の回復か再認定を行い、すでに亡くなっている者については遺族へ補償する方針だという。
マルファは殺人の罪に問われる。彼女が残していた紙は過去の不正を調べる手がかりになったが、ガヴリイルを死なせる方法を選んだ事実まで消えるわけではない。
「誰も嘘をつけない部屋なのに、秘密が多すぎる」
扉の外へ出てから私が言うと、スヴャトスラフは疲れた顔で振り返った。
「人間は、嘘をつかなくても隠せるからな」
「今日のナターリヤには無理だったわね」
「思い出させないで」
「私は有益な情報を得たわ」
「寝顔の話は忘れて」
「その件は、今後の検証対象にする」
「何を検証するの」
「本当に起きているときより善良に見えるか」
「本人が見るものじゃないでしょう」
「鏡を置けば可能よ」
「見るために起きたら、もう寝顔じゃないよ」
ヴェロニカは少し考えた。
「では、観察はあなたに任せるわ」
「その仕事を増やさないで」
スヴャトスラフが何も言わずに先へ歩き始めた。
* * *
職業認定のやり直しは、《真実の間》ではなく王宮の会議室で行われた。
典録院の臨時責任者が、ヴェロニカへ新しい任命書を差し出す。
「王立【特別調査官】。現在の典録上、探偵に最も近い職業です。王宮からの依頼を受け、騎士団へ協力を求める権限を持ちます」
「探偵ではないのね」
「新しい職業の制定には、各組合との調整が必要です」
同席していたボリスが腕を組む。
「少なくとも、職印を出すなら権限と責任の範囲は決めてもらう。事件を解いた実績と、制度を作ることは別だ」
「そこは最初から変わらないのね」
「当然だ」
ヴェロニカは任命書へ視線を戻した。
「では、存在しないままでいいわ」
「給金も権限も得られなくなります」
「依頼料は自分で決めているもの」
「高すぎる」
スヴャトスラフが口を挟んだ。
「騎士団は毎回払っているでしょう」
「毎回、減額している」
臨時責任者は一度黙り、別の書類を出した。
「武具鑑定士ナターリヤを随伴鑑定士として登録すれば、二人で特別調査官の職務へ当たることもできます」
「お断りします」
真実の魔法がなくても、答えはすぐに出た。
「私は随伴でも補助でもありません」
臨時責任者が書類を一枚戻す。
「では、ヴェロニカを主任、ナターリヤを王宮の共同調査員として――」
「主任と、その下へ置かれる共同調査員なら、それも違うわ」
ヴェロニカが任命書を閉じた。
「私たちがしている仕事へ、そちらの都合のよい上下関係をかぶせる必要はない。私は探偵。ナターリヤは相棒よ」
ボリスが眉を寄せた。
「上下をつけろとは言っていない。責任を曖昧にするなと言っている」
「なら、その点では意見が合うわ。許可なく人の家へ入らない。物を強制的に押収する必要があれば、騎士団へ頼む。私たちが何を根拠に判断したかは、記録に残す」
「鑑定の部分は、私の名前で出します」
私も口を挟んだ。
「間違っていたら、私が訂正する。ヴェロニカの指示だったことにはしません」
「その分担を、まず書面にしてもらう。権限を与えるかどうかとは別に、いまの仕事の責任も明らかにしろ」
ヴェロニカは私を見た。私が頷くと、臨時責任者へ白紙を一枚求める。
「書きましょう。二人で決めて」
「それを制度として認められるかは、また別の話だ」
「役所の仕事まで奪うつもりはないわよ」
受け取った紙へ、私は先に自分の担当を書いた。ヴェロニカがその横へ、自分の分を書き始める。互いの書いた範囲を確かめ、それぞれ自分の名前を添えた。
臨時責任者は任命書と随伴登録の書類を脇へ戻し、額へ手を当てた。
「ヴェロニカさんの公的な職業欄には、何と記載しますか」
「これまでどおり【無職】で結構」
「自ら無職を選ぶ者は初めて見ました」
「違うわ。役所が私たちへ追いつくまで、待ってあげるの」
会議室の端で、スヴャトスラフが額を押さえた。
「その台詞まで報告書へ書くのか」
「名前だけは正確に書いてね」
「何をだ」
「探偵ヴェロニカ、および共同調査人兼、恋人ナターリヤ。」
「恋人は書かなくていいから」
「事件との関係がある場合は?」
「あるなら、書く前に私に確かめて。ないなら書かないで」
「約束するわ」
真実の鐘がなくても、今度は信じられた。
* * *
数日後、事務所の入口へ新しい看板が掛かった。
【ヴェロニカ探偵事務所】
【共同調査人 ナターリヤ】
【相談料は依頼人の資産に比例】
「最後の一行は残すんだ」
「経営に関わる重要事項よ」
「私の名前、少し細くない?」
ヴェロニカは看板を見上げ、職人から筆を借りた。私の名前をなぞり、自分の名前と同じ太さへ直していく。
「これで?」
「うん」
ヴェロニカの役所上の職業欄は、まだ【無職】のままだった。
けれど事務所の看板には、もう二人分の名前があった。




