↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
30/32

30.第5話④ 無職探偵と嘘をつけないナターリヤ

 鐘が澄んで鳴った。


 足元で、四つ目の青銅文が淡く光る。


「関係について強制された返答に代えて、いまの内容を正式な証言として確定しますか」


「はい」


「証言を終了しますか」


「終了します」


 今度の鐘は、真偽を判定する短い音ではなかった。部屋の奥まで届き、古い証言を一つずつ揺らすような、長い響きだった。


 壁の金文字が消え、扉の封印がほどけていく。


 ようやく外へ出られるようになっても、すぐに帰れる者はいなかった。


 廊下から治療師と騎士が入り、ガヴリイルの遺体と押収した書類を運び出した。私たちも別室で、今日見たことをもう一度説明することになった。


 ガヴリイルが売った七つの職印と、改竄された過去の審査記録は、典録院が全面的に調べ直す。生きている本来の候補者には資格の回復か再認定を行い、すでに亡くなっている者については遺族へ補償する方針だという。


 マルファは殺人の罪に問われる。彼女が残していた紙は過去の不正を調べる手がかりになったが、ガヴリイルを死なせる方法を選んだ事実まで消えるわけではない。


「誰も嘘をつけない部屋なのに、秘密が多すぎる」


 扉の外へ出てから私が言うと、スヴャトスラフは疲れた顔で振り返った。


「人間は、嘘をつかなくても隠せるからな」


「今日のナターリヤには無理だったわね」


「思い出させないで」


「私は有益な情報を得たわ」


「寝顔の話は忘れて」


「その件は、今後の検証対象にする」


「何を検証するの」


「本当に起きているときより善良に見えるか」


「本人が見るものじゃないでしょう」


「鏡を置けば可能よ」


「見るために起きたら、もう寝顔じゃないよ」


 ヴェロニカは少し考えた。


「では、観察はあなたに任せるわ」


「その仕事を増やさないで」


 スヴャトスラフが何も言わずに先へ歩き始めた。


* * *


 職業認定のやり直しは、《真実の間》ではなく王宮の会議室で行われた。


 典録院の臨時責任者が、ヴェロニカへ新しい任命書を差し出す。


「王立【特別調査官】。現在の典録上、探偵に最も近い職業です。王宮からの依頼を受け、騎士団へ協力を求める権限を持ちます」


「探偵ではないのね」


「新しい職業の制定には、各組合との調整が必要です」


 同席していたボリスが腕を組む。


「少なくとも、職印を出すなら権限と責任の範囲は決めてもらう。事件を解いた実績と、制度を作ることは別だ」


「そこは最初から変わらないのね」


「当然だ」


 ヴェロニカは任命書へ視線を戻した。


「では、存在しないままでいいわ」


「給金も権限も得られなくなります」


「依頼料は自分で決めているもの」


「高すぎる」


 スヴャトスラフが口を挟んだ。


「騎士団は毎回払っているでしょう」


「毎回、減額している」


 臨時責任者は一度黙り、別の書類を出した。


「武具鑑定士ナターリヤを随伴鑑定士として登録すれば、二人で特別調査官の職務へ当たることもできます」


「お断りします」


 真実の魔法がなくても、答えはすぐに出た。


「私は随伴でも補助でもありません」


 臨時責任者が書類を一枚戻す。


「では、ヴェロニカを主任、ナターリヤを王宮の共同調査員として――」


「主任と、その下へ置かれる共同調査員なら、それも違うわ」


 ヴェロニカが任命書を閉じた。


「私たちがしている仕事へ、そちらの都合のよい上下関係をかぶせる必要はない。私は探偵。ナターリヤは相棒よ」


 ボリスが眉を寄せた。


「上下をつけろとは言っていない。責任を曖昧にするなと言っている」


「なら、その点では意見が合うわ。許可なく人の家へ入らない。物を強制的に押収する必要があれば、騎士団へ頼む。私たちが何を根拠に判断したかは、記録に残す」


「鑑定の部分は、私の名前で出します」


 私も口を挟んだ。


「間違っていたら、私が訂正する。ヴェロニカの指示だったことにはしません」


「その分担を、まず書面にしてもらう。権限を与えるかどうかとは別に、いまの仕事の責任も明らかにしろ」


 ヴェロニカは私を見た。私が頷くと、臨時責任者へ白紙を一枚求める。


「書きましょう。二人で決めて」


「それを制度として認められるかは、また別の話だ」


「役所の仕事まで奪うつもりはないわよ」


 受け取った紙へ、私は先に自分の担当を書いた。ヴェロニカがその横へ、自分の分を書き始める。互いの書いた範囲を確かめ、それぞれ自分の名前を添えた。


 臨時責任者は任命書と随伴登録の書類を脇へ戻し、額へ手を当てた。


「ヴェロニカさんの公的な職業欄には、何と記載しますか」


「これまでどおり【無職】で結構」


「自ら無職を選ぶ者は初めて見ました」


「違うわ。役所が私たちへ追いつくまで、待ってあげるの」


 会議室の端で、スヴャトスラフが額を押さえた。


「その台詞まで報告書へ書くのか」


「名前だけは正確に書いてね」


「何をだ」


「探偵ヴェロニカ、および共同調査人兼、恋人ナターリヤ。」


「恋人は書かなくていいから」


「事件との関係がある場合は?」


「あるなら、書く前に私に確かめて。ないなら書かないで」


「約束するわ」


 真実の鐘がなくても、今度は信じられた。


* * *


 数日後、事務所の入口へ新しい看板が掛かった。


【ヴェロニカ探偵事務所】

【共同調査人 ナターリヤ】

【相談料は依頼人の資産に比例】


「最後の一行は残すんだ」


「経営に関わる重要事項よ」


「私の名前、少し細くない?」


 ヴェロニカは看板を見上げ、職人から筆を借りた。私の名前をなぞり、自分の名前と同じ太さへ直していく。


「これで?」


「うん」


 ヴェロニカの役所上の職業欄は、まだ【無職】のままだった。


 けれど事務所の看板には、もう二人分の名前があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
続きが気になりましたら、ブックマークや★評価をお願いします。 無職探偵いわく、「星が五つあるのに、余らせる理由はないでしょう」だそうです。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。