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25.第4話後日譚① ナターリヤは意外としつこい

事務所へ戻った翌朝、机に置かれていた謝罪文を読み終え、私は十二枚の別紙へ手を伸ばした。


「本当に読むの?」


ヴェロニカは食卓の向こうで、蜂蜜菓子を半分に割る手を止めた。


「必要なら読んでいいって書いてあるでしょう」


「『読まなくても構わない』とも書いたわ」


「必要だから読む」


「謝罪は一枚目で完結しているのよ。別紙は判断の経緯と、再発防止のための補足にすぎないわ」


「だから読むんだよ」


「十二枚あるけれど」


「見ればわかる」


「途中で後悔しても、読了義務はないから安心して」


「渡したくないの?」


「読書時間の有効な使い方について助言しているだけよ」


また、逃げ道を作り始めている。


私が紙束へ手を伸ばすと、ヴェロニカは卓上にあったそれを、さりげなく肘の下へ隠した。


「それでしょう」


「これは事件記録よ」


「一番上に『別紙一』って書いてあるけど」


「事件に関する別紙かもしれないわ」


「その下に『ナターリヤへ』とも書いてある」


「宛名だけでは内容を断定できないでしょう」


「見せて」


「嫌よ」


珍しく、意味を狭める前に本音が出た。


「どうして?」


「読み終えたあと、あなたが私を嫌いになる可能性があるから」


「何を書いたの?」


「正確なことよ」


「だったら、なおさら読む」


「ずいぶん食い下がるのね」


「戻ってきたら、別紙までは読まないと思ってた?」


ヴェロニカは答えなかった。


「戻ったことと、読まないことは別だよ」


「ええ」


「まだ全部許したわけじゃないって、昨日も言った」


「覚えているわ」


「じゃあ、渡して」


四日前なら、ここで説明を重ねただろう。事件が解決したこと、私の怪我が命に関わるものではなかったこと、危険を予測して騎士を待機させていたこと。


今は紙束の端を指で押さえたまま、何も言わない。


「怒るかもしれないよ」


「ええ」


「途中で読むのをやめるかもしれない」


「それも、あなたが決めることね」


「読み終わったあと、質問するかもしれない」


「質問は一度に一つまで受け付けるわ」


「十二枚書いた人が制限しないで」


ヴェロニカはようやく肘を上げた。


十二枚の紙束を受け取る。


一枚目には、旧治療区画へ私を配置した理由が書かれていた。二枚目には、予測していた危険。三枚目には、それを私へ知らせなかった理由。


四枚目からは、同じことを別の言葉で正当化しようとして、途中で全て線が引かれている。


八枚目の半分には、


『説明しなかったのは、断られると困ると思ったから』


とだけ書かれていた。


「ここまでで、質問が一つ」


「早いわね」


「どうして、この一文を一枚目に書かなかったの?」


「それだけを書くと、私がひどい人間に見えるでしょう」


「十二枚読んでも、そこは変わらないよ」


「文章量には印象を薄める効果があると思ったの」


「なかった」


「今後の参考にするわ」


十一枚目まで読み、最後の紙をめくった。


文章は一行しかない。


『次に間違えたときも、指摘してほしい。』


「これは謝罪?」


「依頼よ」


「相談料は?」


「恋人割引を適用して」


「そんな制度はないでしょう」


「では、最初の適用例になって」


「割引する側が決めるんだよ」


「交渉する権利くらいはあるでしょう」


私は十二枚を揃え、最初の謝罪文と一緒に紐で綴じた。


「まだ取っておくの?」


「次に同じことをしたら、読み返してもらう」


「私が?」


「声に出して」


「罰としては重すぎない?」


「次がなければ困らないよ」


ヴェロニカは蜂蜜菓子の残り半分を、私の皿へ置いた。


朝食を終えると、私は研ぎかけだった食事用小刀を仕上げ、椅子の脚から仮の木片を抜いた。


新しい支えを打ち込んでいる間、ヴェロニカはすぐ隣から動かなかった。


「近い」


「恋人は、この程度の距離にいてもよいのでしょう」


「作業中は離れて」


「では、終わるまで待つわ」


「向こうで?」


「ここで」


「ナターリヤは意外としつこいわね」


「知るのが遅かったね」


紙束は、事務所で一番手の届きやすい棚へ置いた。


その朝のうちに、ヴェロニカは二度ほど別の棚へ移そうとした。


二度とも、元の場所へ戻しておいた。

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