12.第2話 後日譚② 夜鳴き鳥を黙らせたい
「それをどこへ置くつもり?」
ヴェロニカが、木箱を事務所の棚へ載せようとしていた。
蓋の隙間から真鍮の嘴が覗いている。セルゲイの屋敷で左翼のばねを一部切り取られた、《セルゲイ工房製・夜鳴き鳥》だった。
「事件の報酬よ」
「証拠品でしょう」
「事件が終わったあと、私の手元へ来た物は報酬と呼べるわ」
「呼べないよ」
ボレスラフの裁判と工房の所有権審査が続いているため、夜鳴き鳥はまだ誰の物とも決まっていない。近衛騎士団から、左翼の修理と作動記録を取るため、一時的に預けられた品である。
金貨の中から取り出された短いばねとの切断面の照合と記録はすでに終わっていて、左翼に残ったばねは修理の際に外して証拠袋へ戻すことになっていた。
それを説明しても、ヴェロニカは箱から鳥を取り出した。
「置くなら入口の近くね。依頼人が来たら鳴くでしょう」
「いまの状態でぜんまいを巻かないで」
「確認しなければ、直ったか分からないわ」
「まだ直してないからね」
台座の鍵が回った。
夜鳴き鳥は右翼だけを跳ね上げ、胸を震わせる。
ギャッ、ギャッ、ギィィィーッ!
窓の外を馬車が通り過ぎただけだった。
ヴェロニカは鳥を見た。
私も鳥を見る。
「感度が高いわね」
「左翼のばねが途中で切られてるから、振動の釣り合いが崩れてるんだよ」
「便利でしょう」
「通りを馬車が走るたびに鳴く警報具は、便利とは言わない」
ぜんまいを止めようと台座へ触れた途端、また嘴が開いた。
ギャッ、ギャッ、ギィィィーッ!
「床を歩いても鳴るね」
「侵入者は歩くものよ」
「私たちも歩くでしょう」
「では、侵入者ではない歩き方を考えましょう」
「修理する方が早いよ」
夜鳴き鳥がどの程度の振動へ反応するか、修理前の記録も必要だった。
そのため、私たちは事務所へ残り、いつ鳴いたかを書き留めることにした。
表通りを荷車が通る。
ギャッ、ギャッ、ギィィィーッ!
二階で椅子が倒れる。
ギャッ、ギャッ、ギィィィーッ!
ヴェロニカが机から立つ。
ギャッ、ギャッ、ギィィィーッ!
「もう、うるさい!」
私も椅子から立ち上がった。
ギャッ、ギャッ、ギィィィーッ!
私は黙って座り直した。
「あなたも侵入者ね」
「そっちまで鳥の味方しないで」
夜半を過ぎる頃には、鳥の声が止まっていた。
私は長椅子で目を閉じていたが、眠ってはいない。ヴェロニカが音を立てずに立ち上がり、蜂蜜菓子をしまった戸棚へ近づく気配がした。
扉がわずかに軋む。
ギャッ、ギャッ、ギィィィーッ!
ヴェロニカの手が止まった。
「何をしているの?」
「侵入者の再現よ」
「蜂蜜菓子を持って?」
「盗難されやすい物を使った方が、検証として正確でしょう」
「戻して」
「もう手に取った物を戻すのは、衛生上よくないわ」
紙包みの音がした。
夜鳴き鳥は、もう一度鳴いた。
* * *
翌日、左翼に残っていたばねを外して証拠袋へ戻し、代わりのばねを入れた。
ボレスラフが巻いた物と同じ強さにはできなかったが、左右の重さと反発をそろえるだけで、過敏な反応は収まった。
窓の外を馬車が通っても鳴らない。
私が床を歩いても静かなまま。
扉を強く押し開けると、両翼が同時に跳ね上がった。
ギャッ、ギャッ、ギィィィーッ!
「成功ね」
「大きな振動だけに反応するようになった」
「では、今夜も泊まりましょう」
「どうして?」
「一晩だけでは、再現性が足りないわ」
修理後の記録も必要なので、反対はできなかった。
その夜、馬車が通っても、二階で物音がしても、鳥は鳴かなかった。
夜中に一度だけ目を覚ます。
事務所は静かだった。
静かすぎる気がして棚を見ると、夜鳴き鳥の嘴へ細い布が巻かれている。
戸棚の前にはヴェロニカが立っていた。手には蜂蜜菓子の箱がある。
「それは修理じゃないよ」
「鳴く機能は残っているわ。音量を調整しただけ」
布の奥で嘴が動いた。
ギャッ、ギャッ、ギ……ィ……ッ。
「外して」
「検証が終わってからにする」
「何の検証?」
返事の代わりに、蜂蜜菓子の包みが開いた。
翌朝、夜鳴き鳥は正しい振動へ正しく反応し、蜂蜜菓子の箱だけが空になっていた。
夜鳴き鳥を正しく鳴かせることには成功した。
名探偵を夜食から遠ざける方法だけは、まだ見つかっていない。




