熱のない咳
共同鍋の列で、ルークが咳をした。風邪だろうと母は言ったが、同じ家の祖父も夜中に息苦しそうだったという。村では春先に熱を出したメイのことを覚えており、不安が広がった。ミラは病気の名を決めるより、まず誰がどんな症状なのかをニーナと確かめた。
ニーナは薬草を扱えるが、医者ではない。息が苦しい時の危険を知っているからこそ、症状を軽く見ないよう頼んだ。ルークには共同鍋の列で待たせず、母に持ち帰り用の食事を渡した。病人の家へ大勢が押しかけないことも、冬に決めたままだった。
ただ、離れて食べる家を避け始める村人がいた。サラは鍋を運ぶ係を募り、「うつるかどうか分からないからこそ、家の人を責めないで」と告げた。エダは食事の受け渡し時刻を決め、戸口に置いた後は声を掛けて離れることにした。
その晩、祖父の息苦しさが増した。ニーナは胸に耳を寄せ、早く町の医者へ相談したほうがいいと言った。夜の山道は危険で、橋は通れない。オスカーとベルクは夜明けの出発を準備し、ミラは薬の名と使った量を紙に記した。運ぶ者が途中で説明できるようにするためだ。
メイの母は以前、娘が熱を出した時に村が食事を届けてくれたことを覚えていた。今度は自分が手伝いたいと言い、サラに何が必要か尋ねた。怖いから近づけないと言う人もいれば、役に立ちたい人もいる。サラはどちらにもできる仕事を探し、無理に同じ役目へ並べなかった。
夜明け前、ミラは眠れずに火の番を替わった。誰も傷つけたくないと思っていても、病気を消すことはできない。だから人の手を繋ぎ、危険のあるところへ届く道を作る。そうしても不安は残るが、不安のまま何もしないわけにはいかなかった。




