濡れた道の目印
昼前から降った雨で、峠道の斜面に小さな土砂が落ちた。ハロルドは荷を運ぶ予定を中止したが、隣村へ薬を届ける約束がある。ニーナは草薬の包みを見つめ、急げば間に合うと言った。ミラは「遅れることを知らせる道」は残っていないか尋ねた。運ぶか諦めるかだけが、選べることではなかった。
グレサへ向かう別の尾根道は距離が長く、荷車は通れない。山に詳しいオスカーが道を確かめ、軽い手紙だけなら夕方までに届くと答えた。ただし雨脚が強まれば戻る。伝令には大人二人が付き、峠の危険を冒して薬そのものを運ぶことはしなかった。
ニーナは病人を待たせることに腹を立て、ミラを責めた。ミラも、助けが遅れる怖さは分かった。だから手紙には言い訳ではなく、薬の名前、村にある量、雨が止んだ後の運搬予定を書いた。受け手が別の手段を探せるようにするためだった。
夕方、戻った二人はグレサからの返事を持っていた。病人にはその日使える薬があり、急ぎの包みは翌々日でよいという。ニーナは声を失い、やがて椅子へ腰を下ろした。知らせがなければ、彼女は危ない橋へ走ったかもしれない。待てる理由を知ることも、命を守る仕事なのだ。
伝令が持ち帰った返事には、グレサの農家が雨のため屋根を直せず困っていることも書いてあった。薬のやり取りとは別の用件だ。ギルは手伝いたがったが、自分の村の井戸も修理中である。ベルクは次の晴れ間に人を出せるか調べると伝え、できると決まる前に約束はしなかった。
雨上がり、ハロルドは崩れた斜面の手前に枝を立て、赤い布を結んだ。一本では風に飛ぶので、セランが重い石の台を作った。ミラは新しい道が完成したとは書かなかった。今ある道で、どこから先へ行ってはいけないか。その境界が一つ、村の人に見えるようになった。




