渡し場の石
川の下流に平たい石が続く場所があると、漁をする老人トーマが教えた。夏の水位なら膝までで渡れる日もある。ただし上流で降った雨が届くと、水は何の前触れもなく増える。ミラは便利な近道が見つかったと喜びかけ、老人が指す樹皮の古傷を見た。去年の増水は、腰より高いところまで来ていた。
トーマは川の音で違いを聞き分けると言ったが、その耳を誰にでも貸せるわけではない。オスカーが上流の見張りを提案し、往復の伝令が間に合うか実際に歩いて確かめた。足の速い少年でも、水の変化より早く知らせられる保証はなかった。
小さな渡しを作るなら岸辺の石を並べるだけでは済まない。利用を許す人、止める人、荷を取り戻す人が要る。ギルは自分の仕事を増やせないと断った。ミラは断る理由を記録し、無償で働く者がいる前提を外した。ベルクは渡し場の整備案を棚に戻した。
数日後、トーマは水面を見ながら、子どもたちに岸から離れるよう注意した。石が顔を出す日ほど踏みたくなる。ルークが石へ手を伸ばすと、彼は静かに肩を引いた。「川が低い時ほど、川を忘れるな」。ミラは板に描いた渡し場の図を消さず、赤い線で危険な増水域を加えた。
トーマが見せてくれた石の間には、小魚が集まっていた。水が引けば子どもが網を入れたくなる場所だ。ニコは家畜を飲ませに下流へ行くことがあるため、危険な増水域を家族へ伝えると約束した。渡しとして使えなくても、岸の安全を知ることは無駄にならない。
道が増えなかったことを失敗とは呼ばなかった。安全を守る人手と仕組みが揃わなければ、使えない道もある。帰り道、ミラは大回りを歩くヨレンに謝った。彼は「粉が濡れるより、俺が流されるほうが困る」と笑い、休み場に置く水甕の大きさを相談してきた。




