村長の椅子
春の会議で、ベルクは自分の席をミラへ譲ろうとした。反対する者は少なかった。冬の間、多くの相談が彼女を通って進んだからだ。しかしミラは座らなかった。「村長さんの仕事、私にはまだ分からないことが多い」。税の交渉も、土地の記録も、村外との約束も、彼女は教わっている途中だった。
ベルクは苦笑し、椅子を戻した。代わりに会議の記録役をエダと交代制にし、ミラには相談の順番を整理する役を頼んだ。議題によってはギルやサラが先に話し、ベルクは最後に決める。村長一人の負担が減り、ミラも全ての決定を背負わずに済んだ。
会議の後、エダはミラに村長の仕事を少しずつ教えることを提案した。土地の境界の確認、外から来た役人の記録、村人同士の争い。どれも一度聞いただけでは覚えられない。ミラは教わる日を決めたが、畑や共同鍋の仕事を全て手放さなかった。村長の家に閉じこもれば、何に困っているか見えなくなる。
ベルクは椅子を磨きながら、自分が村の全てを知らないことにも気づいていた。女たちの針仕事や病人の世話は、いつも会議の後でしか耳に入らなかった。ミラは彼の隣に別の椅子を運び、次の相談ではサラにも座ってもらおうと話した。席を奪うのでなく、座れる人を増やす。その変化はゆっくりでよかった。
会議が終わると、ベルクは古い椅子の脚を拭いた。「いつか代わる日は来る。だが今、無理に変えることもない」。ミラはうなずき、村の戸口から畑を眺めた。立派な椅子に座れば、麦が増えるわけではない。頼れる人が一人増え、困りごとを聞く耳が幾つもあるほうが、今のハルヴェには必要だった。




