最初の印
共用鍋の場所に、一本の杭が立った。そこへ「今ある麦」「今日使った麦」「残る薪」の三つだけを書いた板を掛けた。文字を読めない者のために、エダは麦袋の絵と薪の線も描いた。誰が管理者なのかという声が出たとき、ミラは「私一人が覚えていたら、私が病気になった日に困る」と返した。
村長は板を嫌がらなかったが、毎日数字を晒すことには迷いがあった。家ごとの困りごとが知られるからだ。そこで名前は書かず、村全体の残量だけを載せた。個々の分は帳面に残し、本人と当番が確認する。ミラはそう決めてよいか、広場で一軒ずつ聞いて回った。反対した二軒は参加せず、それも記録した。
広場の板を掛ける高さでも議論が起きた。背の高い大人には見やすくても、オル婆が顔を上げ続けるのは辛い。ルークは自分の肩の高さにしてほしいと言い、ベルクは雨が跳ねると心配した。結局、庇を少し延ばし、台なしでも誰が見てもよい位置に掛けた。数字を見せることより、見たい人が見られることを優先した。
夕食前、家々の者が順番に板を眺めた。残量の線を見て眉を寄せる者もいたが、今まで知らなかっただけで麦が急に減ったわけではない。エダは読めない字を指でなぞる老人へ説明し、翌日には絵を描き直した。記録を付ける仕事と、伝える仕事が別にあることを、ミラはその晩に覚えた。
夕暮れ、ベルクは杭の前で足を止めた。「冬の終わりまで、これを続けられるか」。ミラは首を横に振った。「分からない。だから明日も書くの」。明日の麦は明日にならなければ減らない。しかし減り方を知れば、今日できることがある。村長は古い帳面の鍵をエダへ渡した。小さな板の下には、誰も見たことのなかった村の一日が並び始めた。




