古い署名
郡都の書記ユストから、リネの契約に関わる古い台帳の写しが届いた。相談所から照会を受けた結果だという。そこにはリネの名に似た綴りがあったが、年齢が実際と合わなかった。ティアは偽造だと声を荒らげた。エダは写しだけで判断できないと諭し、原本の保管先を確認するよう勧めた。
リネは自分の名前を指で辿り、最後の一字が違うと言った。昔の雇い主は字を書くのが苦手な人へ代筆させていたらしい。しかし名前の誤りが即座に契約の無効を意味するかは、誰にも分からない。ミラは確かな事実と疑いを別々の紙へ記した。
写しを届けた配達人は、相談所からの書類を他の荷と混ぜないよう二重の封に入れていた。エダは受領を記録し、開封はリネ本人へ任せた。古い雇用先の地名を知る村人が親切から話を広めそうになり、レアが止めた。証言を求める人と、噂話をしたい人は同じではない。ミラは情報が増えたことをそのまま安心につなげず、誰に何を伝える必要があるかを考えた。リネが希望すれば、事実を確かめる相手だけに資料を見せることになった。
ユストは村を守る味方として全てを引き受けるつもりはない、と手紙の末尾に書いていた。自分は郡の職務の範囲で資料を渡すだけだという。ベルクは冷たく感じたが、ミラはむしろ何を頼めるか分かる返事だと思った。
紙の縁を押さえるリネの指は、以前より落ち着いていた。
リネは翌朝、相談所へ追記を送った。『これは私の綴りではありません』と、短い一文を自分の手で書いた。レアは封を結ぶ糸を渡しただけで、字を直さなかった。確かめるべきことはまだ山ほどある。それでも彼女の名は、彼女の手から出た。




