名前を伏せた手紙
リネの契約について郡都の相談所から手紙が届いた。書面の写しだけでは本人の意思を確かめられないため、事情を知る者の証言が必要だという。ティアは昔の雇い主へ会いに行くと言った。リネはその言葉を聞いて顔色を変えたが、姉を止める声は出せなかった。
ミラは何をすべきか決めず、二人が別々に話せる時間を作った。ティアは妹を守りたい。リネは知らないうちに自分の過去が話し合われることを恐れている。エダは相談所へ匿名の段階で確認できる手続きがないか問い合わせる案を示した。名前を伏せることと、嘘を書くことは違う。
机に向かったリネは、昔の雇い主が使っていた呼び名を書きかけて手を止めた。今の名で呼ばれるようになってから、以前の音を口にするのがつらい。レアは針仕事を持って隣の部屋へ移り、戸を少し開けたままにした。呼べば来るが、覗き込まない距離だった。リネはそれからようやく次の一行を書いた。
レアは仕事場にリネの席を用意したまま、返事を急がせなかった。午後、リネは縫い針を置き、自分が記録に残したい事実を短い言葉で書いた。いつ働き始めたか、何を約束されたか、いつ帰れなくなったか。覚えていない部分は空白にした。ティアは横から書き足そうとして、妹に手で止められた。
その夜、二人は同じ家で食事をした。手紙はまだ封をしていない。ミラは提出を急がなかったことに安堵したが、それで過去の契約が消えるわけではないと分かっていた。人を守るための書類が、本人の声を奪うものにならないようにしたかった。翌朝、リネが自分で封を閉じる日まで、紙は彼女の机に置かれた。




