戸口の約束
谷の村の使者が再び来た。今度は移住の相談ではなく、峠の宿を冬の連絡拠点として借りたいという願いだった。しかし宿主には客を泊める仕事があり、伝言ばかり増えて困っている。フェルンが頼めば引き受けるだろうと言ったが、ミラは当人の返事を聞く前に決めないと答えた。
宿へ向かったベルクとフェルンは、木札の管理に掛かる手間を聞いた。宿主は命に関わる伝言を断りたくないものの、誤配で責められるのが怖かった。谷の使者は到着を早く知りたいと言い、話は平行線になった。そこで緊急の連絡と通常の荷の報告を分け、宿主が留守なら隣の宿へ回す案を試すことになった。
谷の使者は途中で薪を集める提案をしたが、宿主は湿った木では燃えにくいと断った。約束した薪を届けるにも、乾燥させる場所と運ぶ人が要る。フェルンはハルヴェの備蓄を勝手に使わず、道沿いの家から少しずつ購入できるか調べた。金の代わりに物を渡す約束も、誰かの手間が消えるわけではない。
費用は誰が負担するのか。谷の村に現金は少ない。ハルヴェも宿全体を雇える余裕はない。使者は春の羊毛を対価として提案したが、宿主はまだ手元にない品を当てにしたくないと言った。結局、当面の連絡回数を少なくし、使った分だけ宿に薪を届けることで合意した。
帰りの宿の戸口で、使者は宿主に深く頭を下げた。宿主は礼より約束の日に薪が届くことが大事だと言って笑う。ミラは宿が村の命綱になるなら、そこで働く人の暮らしも壊せないと感じた。峠に灯が一つ増えたわけではない。それでも知らせを預けられる戸口が、確かな約束で残った。




