返す種
春に貸した種麦を返したいとグレサから人が来た。収穫は悪くなかったが、返却を急ぐと来年蒔く分が足りなくなるという。ハルヴェの倉庫も余裕がない。ベルクは約束だから受け取るべきだと考え、ハロルドは困った時こそ延期してよいと答えた。
ミラは貸借の控えを広げ、返す量だけでなく、何を守るために貸したかを確かめた。種は食べ物にもなるが、本来は次の畑のために残すものだ。グレサの代表は半分なら返せると話したものの、家ごとの蓄えをまだ調べていなかった。
そこで返却日の変更を決める前に、両村で種の不足を数えることになった。返す義務そのものを消してしまえば、次に貸す側が不安になる。エダは延期の条件と再確認の日を書き、当人たちの署名をもらった。
帰り道、グレサの代表は「助けると言って全部免じるのも困る」と打ち明けた。借りた村にも誇りがあり、働いて返したい気持ちがある。ミラはその言葉を忘れないよう、余白に小さく記した。
グレサの代表は種を返せないことを他村へ知られたくないと言った。借りた事実まで隠すことはできないが、家ごとの不足まで広める必要はない。エダは公開する帳面には約束の変更だけを書き、細かな家計を別にしまった。ベルクは信用を守ることに賛成したが、次の貸し出しで同じ扱いにできるよう基準を残すべきだと付け加えた。帰り際、代表は紙を丁寧に折って懐へ入れた。その表情には安堵と申し訳なさの両方があった。
秋の風はまだ温かい。倉庫の奥では袋が積み重なっているが、どれも次の春と無関係ではない。今日の約束を少し動かしたことで、隣村との関係はむしろ丁寧なものになった。




