知らない署名
旅の男がハルヴェへ来て、峠で働いていたリネの契約書を持っていると言った。紙を見せる代わりに銅貨を求め、妹を連れ戻す権利もあると主張した。ティアは震え、ベルクはすぐ払おうとしたが、ミラは誰がその紙を書いたか確かめたいと言った。
男は紙の端をちらりと見せた。そこにはリネの名らしい文字と、彼女の知らない印がある。エダは紙の材質や封蝋を眺め、郡都で見た契約書とは違うと気づいた。ただし本物でないと断定できる知識もない。ミラは男へ、村で契約の確認をするまで金は払えないと告げた。
男は声を荒らげ、役所へ訴えると脅した。ベルクは村に来た人を勝手に拘束せず、宿と帰路を案内するに留めた。ティアとリネには別の家で落ち着いて過ごしてもらった。ミラは男と姉妹を同じ場へ呼び出さなかった。
夜、リネは自分の名前の書き方が契約書と違うと話した。以前は字を書けなかったからだ。ただし誰かが代わりに書いた可能性もある。ティアは契約を見ていないことを思い出し、曖昧な記憶を紙へ書いた。二人の言葉も、決めつけずに残す。
男が去る時、村の子どもが何者なのかと尋ねた。ベルクは知らない人を追いかけないよう諭し、詳しい事情を広場で話さなかった。噂になれば、まだ答えの出ていない契約の話が、姉妹の評判を傷つける。ミラは不安を隠さず、ただ本人の許しなく名前を広げないよう頼んだ。
翌朝、男は郡都へ向かうと言って村を出た。何かが解決したわけではない。ミラはティアへ、次の相談日に役所へ行く準備を始めようと伝えた。怖がる二人が今日の仕事へ戻れるよう、村では普段の鍋と針仕事が続いていた。




