笑顔の行方
夏休み。
博多の森テニス競技場。
団体戦。
出場するのは、私、かなた、小永吉先輩。それに、父、祖父、長政さん。
応援には、弥生と美紀さんが来ていた。
「大膳」
長政さんが、祖父を睨みつける。
「徹也君といい加減、話さんか」
空気が変わった。
父の顔から、さっと血の気が引く。
祖父と目を合わせないまま、深く頭を下げた。
「話すことがあれば、話す」
「……」
「徹也」
「は、はい!」
「しっかりやらんと、くらすぞ」
「――はいっ!」
それだけ。
それだけだった。
でも、私は泣きそうだった。
(お母さん……)
見とる?
*
突き抜ける青い空の下で、試合は行われた。
全試合、ダブルス。
最初は、どうなることかと思った。
祖父と長政さんは、試合中まで口が悪い。
「取れいうたやろうが!」
「ワシの球やろが!」
なのに強かった。
力任せの若者達を老獪なテニスで料理していく。
スライス。
ロブ。
足元。
気持ちよく打たせたと思えば、次はタイミングを外す。
気づけば、相手の方が苛立って自滅していた。
一方、小永吉先輩は……
「うっしゃー! 中牟田さん、自分が決めます!」
「え!? わ、わかった!」
とにかく一人で何でもやろうとする。
(サッカーって、チームスポーツよね……?)
小永吉先輩とペアを組む父は、その性格を理解すると黒子に徹していた。
無理に決めにいかない。
深く返して、角度をつけて、小永吉先輩が叩けるボールを作る。
派手じゃない。
でも、崩れない。
(やっぱり、上手いんよね)
そして。
かなたは、変わらず強かった。
誰と組んでも。
どんな相手でも。
必要な場所にいて、必要なボールを打つ。
ただ、それだけに見える。
それが、一番難しいのに。
*
決勝戦。
祖父と長政さんが、一本目を取った。
父と小永吉先輩は、接戦の末に落とした。
これで、一勝一敗。
団体戦の勝敗は、最後のダブルスにかかった。
私とかなた。
その試合も、もつれにもつれた。
スーパータイブレーク。
10-9。
私達のマッチポイント。
これを取れば、優勝。
相手は、元全日本クラスの男女ペア。
こちらは、かなたがサーバー。
前衛が私。
「栞!」
「甘露寺くん!」
「頼んだばい!」
彼がボールを突く。
いつも以上に顔が白い。
緊張。
そう思った。
そう、思いたかった。
――バンッ!!
ワイドサーブ。
相手が手を伸ばして何とか返す。
浮いた。
私の上。
(スマッシュ)
構える。
昔なら迷っていた。
左右。
深さ。
相手。
全部。
でも、今なら……
身体の中に、何度も繰り返した彼の言葉とボールが残っている。
『迷ったら、ど真ん中』
私は振り切った。
――パシン!
真ん中。
「え!?」
相手が必死で手を伸ばして返してきた。
それが、起死回生の一球になった。
私のフォローに詰めていたかなたの頭上をぎりぎりで越えていった。
(もう駄目?!)
そう思った瞬間。
「しゃがんで!」
彼が全速力で走った。
「――!?」
私は反射的に従った。
次の瞬間。
私の頭上を恐ろしく速いボールが通過した。
彼が股抜きで返したのだ。
しゃがんだ頭の上をボールが飛んでいく音なんて聞いたことがなかった。
「構えて!」
「はい!」
考えるより先に身体が動いた。
再び、相手の浮き球が前衛の私へ。
(迷わない!)
同じフォーム。
同じタイミング。
打点を微調整して……
ど真ん中を狙って振り切った。
――バシンッ!!
相手は二人とも見合い、ラケットが出ない。
フェンスへ当たったボールが、こちらへ転がってくる。
「……勝った」
私は振り返った。
「かなたーーーっ! 勝ったばぁぁぁぁい!!」
彼が笑った。
口が動く。
「よかった」
そう見えた。
たぶん。
そして。
倒れた。




