ど真ん中
翌日。
私は父のショップへ入った。
「いらっしゃ――なんね、栞か」
「なん、そのテンションダウンは?」
ケースに入ったままのラケットを、カウンターへ置く。
「お父さん」
「ん?」
「これ……ガット張ってくれん?」
「……よかぞ」
私は目を逸らす。
「別に、本格的にするわけやなかよ。ずっと張りっぱなしやったら、なんかあった時に困るかもしれんし、それに……それに……それだけ」
「何ポンドね?」
それしか、聞かれなかった。
(やっぱり、お父さんやね)
胸の奥が、少しだけ温かくなった。
「前より、少し落として」
「分かった」
*
「ほれ」
「ありがとう」
「ステンシルは?」
「いらんよ」
父は手のひらでストリングを軽く叩き、張りを確かめてから渡してくれる。
私はポケットへ手を入れた。
ピンク色のヨネックスの振動止め。
事故の日から、捨てられずにいた。
彼が拾ってくれたもの。
新品のストリングの間へ、自分の指で押し込んだ。
パチン
小さな音がした。
それだけだった。
それだけなのに。
胸の奥が少し震えた。
*
それから、いつもの日常に戻った。
学校へ行って。
弥生と話して。
彼と過ごして。
少しだけ違うのは、たまに壁打ちをして、休日には小永吉先輩も交えて皆でテニスをするようになったこと。
「またアウト……」
狙ったサイドラインの外でボールが跳ねた。
「栞ちゃん、コース狙いすぎ」
「だって、真ん中に返したら打たれるやん」
「それでも、中途半端になるよりいいよ」
かなたが転がってきたボールを拾う。
「迷ったら、ど真ん中」
「ど真ん中?」
「うん。まず返す。それから考えればいい」
「……雑やね」
「大事だよ」
そう言って、彼は笑った。
それからも、迷ってミスをするたびに同じことを言われた。
「迷ったら、ど真ん中」
「分かっとるって」
「なんかいでも言うからね」
「君、意外としつこいっちゃね」
「うん!」
そうしているうちに、二年生になるまであと少しになっていた。




