君が気に入らない
「私は古賀原弥生。よろしくね」
「僕は甘露寺かなたです」
「知っとうよ。さっき言っとったやん」
弥生がクスリと笑って「さっきは助けてくれてありがとう」と言う。
「余計なお世話じゃなかった?」
「全然」
「よかった」
弥生を真ん中にして横並びで歩く私達。安堵感のある彼の声から顔を背けて歩く私は、苛立ちをぶつけるようにして左足だけで帰りの坂道を強く踏む。
「もともと福岡の人なん?」
「ううん。生まれも育ちも東京。今年の三月に引っ越してきたんだ」
「へぇ。なんか格好よかね」
「そんなことないよ。福岡も素敵な街だと思う」
「わ、嬉しかね、栞」
「……うん」
「中牟田さん、脚はだいぶ良いの?」
私は即座に眉を吊り上げた。
「あんた……さっき人のことば【君】って呼んどったやろ」
「うん。気に障ったなら、ごめん」
「私も君のことば【君】って呼ぶけん、よかよ」
弥生が小声で窘める。
分かっている。
分かっているけど。
私は、どうかしていた。
あんなテニスを見せられた。
たとえ事故に遭わなかったとしても、私には到底辿り着けそうにない高みに、目の前の彼はいる。
それが悔しかった。
でも、それだけじゃない。
楽しくて仕方がないという顔でコートに立つことも。
爽やかな笑顔で普通に歩いていることも。
全部、腹立たしかった。
「栞もテニス凄かったらしいとよ」
「弥生!?」
「そうなの?」
甘露寺かなたの顔が明るくなる。
「じゃあ怪我が治ったら、今度一緒にやろうよ」
「それよかね! 私もやってみたか」
「うん。やろう!」
場の空気を和ませようとする弥生の気持ちに私が返せるものは沈黙しかなかった。会話の弾む二人の歩調から、私は少しずつ遅れ始める。今更ながら、彼女がさりげなく私のペースに合わせていてくれたことに気づき、嬉しさと情けなさで胸が締め付けられた。
私は、重くなっていく右脚と一緒に、ただ歩いた。




