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第4話 花を見に来たのに、公爵を見ています

 庭は、小雨だった。

 公爵は、傘を持って待っていた。


「屋内に変えてもいい」

「少しだけ、歩きたいです」


 彼は傘を広げた。

 私は、その下へ入った。

 肩が、触れそうで触れない。


 花壇の白い花には、水滴が乗っていた。

 庭師の女性が、奥の棚へ鉢を運んでいる。

 公爵が手を上げると、彼女も手を上げた。


「お詳しいのですか」

「植物の名前は、あまり。ただ、冬に何を運ぶかは覚えた」


 彼は温室を指した。

 母が残した鉢が、いくつかあるという。


「育てているのは庭師たちだ。私は、運ぶときの手を増やすくらいだ」


 彼の母は、五年前に亡くなった。

 父は領地で暮らし、屋敷には叔母が、ときどき訪ねてくる。

 結婚を急かす言葉を、うまく断れなかったと、彼は話した。


「私もです。家族を心配させたくなくて、次の縁談に返事をしてしまいそうでした」


 アルマンのことを思い出した。

 彼にふさわしい人と、周囲に言われたくて、知らない話にも笑っていた。

 それでも、面白くないと言われた。


「君は、本を綴じるのが好きなのだろう」


 アルヴィンが言った。


「退屈ですか」

「見たことがないので、まだ、分からない」


 私は顔を上げた。

 褒めるために、何でも面白いと言わなかった。

 その返事が、むしろ嬉しかった。


「では、午後にお見せします。こちらのインクで、前世と同じことができるか、まだ試している途中ですが」


 別の人生の記憶があることは、契約の前に話していた。

 この国には、ときどきそういう人がいる。

 公爵は、驚きはしたが、私に前の世界の発明を求めなかった。


「午後を、空ける」

「今日はお仕事が」

「三時からある。二時までなら」


 私は、頷いた。

 全部を変えなくても、会える時間を言ってくれればいい。


 風が吹いた。

 彼が傘を、私の側へ寄せる。

 自分の袖が濡れていることに、気づいていないようだった。


「旦那様。傘が斜めです」

「君が濡れる」

「あなたも、傘へ入ってください」


 私が半歩近づくと、彼が止まった。

 雨より長く、その目を見てしまった。


 午後、私の机で、小さな帳面を作った。

 針と糸は私が扱う。彼には、紙を折ってもらった。

 最初の一枚は、少しずれた。


「評議会の書類は、真っ直ぐなのに」

「書類を折っているのは、私ではない」


 私は笑った。

 彼も、少し笑った。


 出来上がった帳面を、彼へ渡した。

 表紙には、文字を書かなかった。


「何を記すか、ご自分で決めてください」


 彼は、表紙を撫でた。


「今日のことを、書く」


 私は、糸の端を切った。

 顔が熱くなる理由を、午後の陽射しにはできなかった。

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