第3話 愛するつもりがなかった理由
翌日の夕食で、公爵は失敗した。
「何が好きだ」
前菜の皿が置かれた瞬間、彼は尋ねた。
「食べ物ですか」
「それも、知りたい」
「それ以外も?」
彼は頷いた。
私は、ナプキンを膝へ広げた。
「では、一つずつ」
最初は、紙の話をした。
滑りのよい紙も好きだけれど、少し引っかかる紙の方が、手書きの字が落ち着く。
アルマンなら、この辺りで別の話を始めていた。
アルヴィンは、最後まで聞いた。
「私の机の紙は、どちらだ」
「滑りのよい方です」
「君には、使いにくい?」
「使い道によります。絵を描くなら、別のものにします」
彼は考え込み、それから言った。
「昨日、書いた返事は、別の紙にすべきだった」
私は笑った。
彼が、その顔を見て止まった。
「続きを、どうぞ」
声をかけると、彼は咳払いをした。
「君を愛するつもりはない、と言ったことについて」
笑いが、消えた。
「契約で結婚する人へ、気持ちまで求めてはいけないと思った。君も、恋愛を望まないと言っていた」
「はい」
「だから、私も、そうすると約束した」
私は、皿へ目を落とした。
「最初は、それで安心しました」
彼の顔が、少し和らぎかけた。
「ただ、夫婦でなくても、挨拶や会話はしたかったです」
彼は、手を止めた。
「食事へ誘ったのは、恋をしてほしいからではありません。ここに住む人と、少し話したかったからです」
「……そうだったのか」
私は頷いた。
「花を送っていただいた日も、嬉しかった。でも、一緒に見たかったのです」
アルヴィンは、額へ手を当てた。
「庭へ誘われたとき、嬉しかった」
私は顔を上げた。
「その頃には、君を気にしていた。君の方から誘われて、私に都合よく受け取ってはいけないと思った」
「それで、お断りを?」
「君が望んだのは花なのだから、花だけ届けるのが正しいと思った」
私は、天井を見た。
ずいぶん遠回りをしたものだ。
「私が何を望んだか、私に聞いてください」
彼は、ゆっくり頷いた。
「聞けば、私の気持ちも知られると思って、避けた。君のためという形で、私が恥をかくのを防いでいた」
その言葉は、少し痛かった。
彼にも、私にも。
「一人にして、すまなかった」
私は、すぐに大丈夫だと言わなかった。
七か月の寂しさは、一度の夕食で消えない。
でも、初めて、こちらへ向けた言葉だと思った。
「これから一月、話はできます。出発の予定は、そのままにします」
彼は、口を開きかけ、閉じた。
「分かった」
食後、私は離婚届を机へ置いた。
彼へ、触れないよう伝えた。
「この祝福は、しばらく使わないことにしたいです」
「私が、何を言いたいか分からなくても?」
「そのときは、別の紙へ書いてください」
私は白紙を、一枚渡した。
彼が、そこへ何か書いた。
明日、庭を一緒に歩いてほしい。
返事は、口で返した。
「はい。晴れていても、雨でも」




