2ページ目 ついてった
口を半開きにして赤くなる人間。思考が止まったのか何の反応もない。仕方ないので膝から降り、毛皮に包まれた手で頬に……
「へくち」
と、そこでこの体の欠点を思い出す。毛皮が無いから、寒いのだ。しかも今は、体が濡れている。これは困ったと考えていると、
「あー……何か着る物を取ってくるので、体拭いててください」
と、先ほど使っていた布を数枚置いて背を向ける人間。
「着るモノ?」
「はい。とりあえず、ジャージでも取ってきます」
じゃーじ。そう言えばコイツ、肌をあまり出していないな。毛皮がない分、別の物を……着ている、というわけか。なるほどと納得して、布を取る。水気に当てると吸い込まれていった。
「ひとまず、もう何が何だかですけど……話はそれから、で」
遠ざかっていく背を見送り、布で体をこする。髪や手足の毛からはあまり取れないが、肌からはなくなっていく。まぁ、それでも。
「やっぱり、寒い……」
早く、何かを着たい。
=○=
「じゃあ……話、始めましょうか」
「さっきのは何だ?」
「マジでそこからなのか……」
何やらため息をつきつつ、ドライヤーとやらを手に取る人間。結局乾かなかった手足頭を任せることに。この手だとやれなかったし。
「それで、何なのかですけど……あらかじめ記録してあるモノを映してる、みたいな」
「まるで分らん」
「ですよね。何かよくわからないけど面白い物です」
「諦めただろ、オマエ」
こちらが差し出した手。その毛をかき分けつつ風を当てる人間へ目を向けると、どうしろと、とでも言いたげな表情。難しいことらしい。なら、仕方ないか。これから覚えればいいだろう。
「むしろ、こっちが聞きたいことだらけですし……」
「なら、聞けばいいだろう」
「……あ、これ聞いていいんですね」
「それは、勿論」
人間にしても気になることは多いだろう。何より、お互いを知らないと今後が大変だ。
「じゃあ、えっと……あなたは、何なんですか?」
「化けイタチだ」
「化けイタチ……確かに、イタチから人の姿になってましたね」
そこはすんなりと飲み込めたようだ。
「えっと、人の姿に化ける以外にも何かできるんですか?」
「火も出せるしカマイタチもできる。あと、血を吸う」
最後のは1度もやったことはないが。吸えば力になるだけで、吸わないと死ぬわけでもないし。
「いわゆるテン、ってことなのかなぁ……大きい坊主になったりは?」
「できん」
「つまり、見上げる系は入ってない、と。あ、右手を」
何やら納得したらしい。差し出す手を入れ替えつつ、問う。
「やけにあっさり納得するんだな」
「いやぁ……目の前で変化されると、流石に。どれだけ疑わしくても、そこは現実ですから」
なるほど、変なヤツだ。楽でいいか。
「それで、えっと……名前は?」
「ない」
「ないって」
「言葉通りだ。名前は、無い」
「じゃぁ、何とお呼びすれば?」
「化けイタチなり、イタチなり。それでいいだろう」
ここには人間一人に化けイタチ一匹。困りはしない。
「……じゃあ、えっと。化けイタチさん」
「なんだ、人間」
「これから、どうするつもりで?」
「ここに住む」
目に見えて頭を抱えたな。
「……あの、ですね」
「なんだ?」
「そう、唐突に『だから従え』というか、『従うのだろう、勿論』みたいに言われると、こちらとしても困るのですが」
「……?従うのが当たり前なわけないだろう」
左手から左足に変え、その目を見て言う。
「はい?」
「いや、だから。こうして頼んでいる。この巣の持ち主はお前だろう?」
大きく瞬きを3回して。何やら考えが至ったのか、姿勢を正す。
「えっと、化けイタチさん」
「なんだ?」
「今からいくつか質問をします。全て答えてください」
「分かった」
何やら聞きたいらしい。
「じゃあ、一つ目。あなたにとって人間は格下ですか?」
「そんなわけあるか。絶対数も多ければ変な道具も使う。新米化けイタチに勝ち目はない」
「……新米?」
「ああ。イタチから化けイタチになったの、つい最近だからな」
パチクリ、と。目を見開いて、
「え、じゃあその話し方は?」
「化けイタチになった時、何故か覚えていた。通じている以上、あってるだろう?」
「あー、まぁ、はい。あってはいます」
どうして頭を抱えだしたのだろう。
「じゃあ、誰かと会話したことは?」
「ない。群れもなく一匹だったし、そもそも人間がイタチと話すことがあるか?」
「人の姿をしていれば、」
「なったのは今が二度目だ」
「化けイタチの仲間は」
「いない。私以外の妖怪に会ったことすらない」
ほほー、と感心しつつ、逆の足に移る。
「化けイタチがいるくらいですし、いそうなモノですけどね」
「いるにはいるだろう。ただ、私みたいな考えなら」
「わざわざ表に出てくることはない、と。納得です」
馴れてきたのか、手の動きが心地よくなってきた。うーん、癖になりそう。
「じゃあ、それらを踏まえて最後の質問なんですけど」
「なんだ?」
「さっきの住む発言の意図、ちょっと丁寧に教えてください」
ふむ、丁寧に。そう言うことなら、区切り区切り言うか。
「まず、こうしてついて来てみて。面白い物があった」
「まあ、分かります」
「そして何なら、山に飽きてきた」
「分かりませんが、そうなのですね」
「何より会話する相手がいないの、実は辛かった」
「それは分かります」
なんだかんだ、結構キていたのだ。知性を得ただけに。
「そしてお前も、まぁまぁ受け入れてる」
「考えることを放棄しただけですけどね」
それはそれで問題ない。楽だし。
「そんなこんなで、気に入った」
「……だから、同居人として受け入れて欲しい、と?」
「いや、違う」
「違うの?」
違うに決まってる。そも、同居人は対等な関係だろうに。仕方なく、説明を続ける。
「まず、お前は人間で」
毛皮に包まれた指で、人間を指す。
「そして、私はイタチだ」
「はぁ……」
続けて自分を指さすと、何もピンと来ていない表情。なるほどまだ分からないか。なら続けよう。
「つまり、何が言いたいかと言うと、だ」
「はい」
「私がペットで」
自分を指さし言う。人間が固まった。
「お前が主人」
人間を指さす。かすかに笑いが漏れた。
「と、言うわけでだ」
「よし待て、それはつまり」
「私を飼わないか?……いや、違うか」
ここは、こう言った立場から言うことではなく。
「私を……飼ってくれないか?」
うん、これが正しいだろう。どうだ、と胸を張る。
人間からは乾いた笑いしか出てこなかった。




