第二話 狼狽
城門が閉まり、喧騒は遠ざかった。
重い扉の内側。城の回廊には、まだ血と焦げの匂いが残っている。
兵たちが散っていく中、少年はようやく小さく息を吐いた。
帝国第七皇子――ルシアン。
誰もいなくなったのを確認してから、肩が落ちる。
「……こわっ!」
黒いローブの少女がぴたりと足を止める。赤髪のショートヘアが揺れた。
「はい?」
少年は無表情のまま、声だけを震わせた。
「矢、速すぎん? 今の、あと半歩遅れてたら死んでたよね?」
少女――アイラがじっと見る。
「殿下、さきほど“また来い”などと仰っていましたが」
「いや来なくていい。絶対来なくていい」
即答だった。アイラの口元がわずかに緩む。
「先ほどの威厳はどこへ」
「外用。完全に外用」
ルシアンは壁に背を預け、小さく肩を震わせる。
「お迎え早々、殺す気満々じゃん……」
「読み切っていたでしょう」
「読めても怖いものは怖い」
真顔で返す。アイラは小さく息を吐いた。
「我が国がしたことを考えれば、当然の報いかと。陛下は無慈悲にも征服後、ある一人を除いて、降伏した前国王を含めた王族を一人残らず処刑なさいました」
ルシアンは天井を睨む。
「……まったく正気じゃない」
「陛下の命です」
「命令の内容が狂ってるんだよ」
額を押さえる。
「“東地域五カ国すべてを三年以内に制圧せよ”って何?」
そして吐き捨てる。
「……あの脳筋クソオヤジは」
「陛下のことですか」
「他に誰がいるの」
ルシアンはため息混じりに続ける。
「筋肉で国が落ちると思ってる世代の最終形態みたいな人なんだよあの人」
「聞かれたら首が飛びます」
「飛ばすなら飛ばせばいい」
「……いや飛ばされたくはない」
「でしょうね」
アイラは淡々と告げる。
「ですが、殿下が最も適任だったのも事実です」
ルシアンが目を細める。
「小国五つ、三ヶ月で崩したから?」
「はい」
「やっぱりそれかあ……」
「しかも被害最小で」
「それは褒めてる?」
「ええ。あなたは、戦争が誰よりも上手い」
ルシアンは苦笑する。
「嫌な才能だよ」
窓の外を見る。
「正面戦争なんてしたら十年かかる。三年では不可能」
「うん。不可能」
あっさり言う。
「ですが殿下はここに来た」
「消去法だよ。兄上たちは中央で忙しいし、第七は失敗しても帝国は揺れない」
「捨て石……」
「言葉を選んでください」
ルシアンは小さく笑う。
「……ほんと無茶振りだよな、あの脳筋クソオヤジ」
「二度目です」
「三度目言ったら雷落ちるかな」
「確実に」
ゆっくりと歩き出し、城街を見下ろす。
「制圧、か」
その声にはもう震えはない。
「国を落とす必要はない」
アイラの目が細まる。
「疑心を植える」
「交易を断つ」
「東が東でいられなくなればいい」
「戦争しないで、戦争に勝つ」
ルシアンは静かに笑った。
「殿下はやはり適任です」
「嬉しくない評価だなあ」
目は冷えている。
「あの脳筋クソオヤジは多分ね、できるかどうかなんて気にしてない。東が壊れればいい。それだけ」
沈黙。風が吹き抜ける。
「三度目です」
「回数カウントしなくていい」
ルシアンは深く溜息をついた。
「やっぱりこんなことやめてさ、新天地で気ままにスローライフってのはどう?」
「死にたいんですか」
即答だった。
「僕、今日ちゃんと王っぽかった?」
アイラは少し考える。
「七十五点です」
「上がった」
「震え声が減りました」
「努力した」
わずかに目を細める。
「ですが、暗殺者を解放した判断は0点です」
ルシアンは視線を逸らす。
「……連鎖は嫌いなんだ」
「存じています。ですが、このことが陛下に知れたら――」
「やばい?」
「とんでもなく」
ルシアンは一瞬で青ざめる。
「兵どもには口止めをしとけ。バラしたら二週間飯抜きだと」
「殿下、それは横暴です」
「帝国式だよ」
小さく言う。
「行こう、アイラ」
「はい、ルシアン殿下」
二人は並んで歩き出す。
先ほどまでの“王”は消えた。
だが――
七番目だから来たはずの少年は、七番目だからこそ、最も冷静に国を読む。
弱そうな王。




