124 ぶぶ漬けでもどうどす?
「公爵閣下がギルドの視察においでになる。」
「ふ~ん。」
公爵の視察なんて俺には関係ない。
鳩が何か墜としたぞ、ふ~ん。
カラスがふんを落としたぞ、くそ~っ。
視察には全く関心が無いから、昔ながらの小話を思い出していた。
出来れば俺が図書館に行っている間に来て欲しい。
「公爵閣下の視察は大門ギルド始まって以来初めてだ。」
「そうなんだ。」
だから何だって言うんだ。
「そもそもどのギルドも国や領主からは独立した組織だからな。」
「だったら、何で視察なの?」
「視察は、名目だ。 どうやら公爵閣下の誘いを断り続けて、全く会いに来ない回復師が約1名いると言う事で、公爵閣下自らが腰を上げて会いに来るらしい。」
約1名って、俺?
約って何だよ、約って。
俺が行かないから公爵がギルドに来るの?
めっちゃ遠いのに?
訳が判らない。
「貴族に誘われた時は、“有り難がっておいて足を向けなければ良い“って言ったよね?」
俺に貴族の対処法を教えたのは熊だ。
「記憶に無いな。」
熊じゃなくて、ア・クマだった。
ぐぬぬ。
公爵家の馬車が着いたとの知らせを受けて、ギルドのフロアに行った。
貴族の出迎えなんて嫌だけど、熊に命じられたので仕方が無い。
「おお、ショータも来てくれたか。 流石はわが友、忙しいのにわざわざ出迎えに来てくれた事、嬉しく思うぞ。」
公爵の言葉を聞いて、フロアにいた職員は勿論、冒険者達も驚いている。
公爵が平民である冒険者に声を掛けた事に驚いているらしい。
みんなが驚いている中で、1番驚いたのは誰あろうこの俺だ。
誰が”わが友“だよ。
友達になった覚えなんて、かけらも無いぞ。
「ご無沙汰して申し訳ありません。」
相手はこの地域で一番偉い領主、“友達じゃねえよ“とは言えない。
今迄誘いを断り続けている事を1応謝った、1応だけど。
宮殿に行かなかったが悪いなんて全然思っていないけど、頭を下げるくらいは出来る。
自分が悪いと思ってなくても、平然と頭を下げる民族は世界でも少ないらしいが、俺は典型的な日本人。
長い物には、撒かれろだ。
蛇に追い掛けられたら、全速力で逃げ出して蛇を撒く人間。
強い相手が目の前にいれば、頭くらいは平気で下げる。
“小言聞くときゃ、頭を下げろ。下げりゃ小言が上を超す“、日本の常識はわきまえてる。
「わが友ショータが大勢の冒険者達の為に、日夜回復業務に励んでおる事は余も存じておる。 だが家臣達もわが友に会いたがっておる。 また宮殿に遊びに来るが良い。」
なんか“わが友“を連発し過ぎじゃね?
今日は”わが友“の特売日か?
“また”って、褒賞の件で2回呼び出されて行っただけ、遊びに行った事など1度も無いぞ。
家臣達って、俺を睨み付ける貴族や使用人の事か?
どう見ても俺に会いたがっているとは思えないぞ。
「有り難き幸せ。」
熊に教えられた怪しげな貴族対応策だけど、他に言葉が見つからない。
“嫌!”なんて、本心をそのまま言える雰囲気じゃない。
「友人同士、堅苦しい言葉など無用じゃ。 そうじゃ、余の事はナーワと呼ぶが良い。 余もショータと呼んでおるからな。」
「うん。」
これって絶対に拒否できないやつだよな。
あっ、お付きの人に睨まれた。
“うん“はダメらしい。
「では余もショータと話す時は、冒険者言葉で話しちゃうことにしちゃおう。」
”話しちゃう事にしちゃおう“って冒険者言葉なのか?
「そこにいるのがケルベロスでっか?」
わぉ、“でっか“って閣下の設定は大阪出身の冒険者なの?
「え~と、ベロといいます。」
”ベロ、挨拶して“
「キュワン。」
「Sランクの魔獣と聞いておましたが、可愛いやんけ。」
だから、それは冒険者の言葉じゃ無いって。
公爵は河内のおっさんか?
「とても賢い子なんですよ。 撫ぜてみます?」
「撫ぜても、よろしゅおすか?」
何処の芸姑さんだよ。
ベロを撫ぜても良いかと聞いてるけど、閣下の腰が引けているぞ。
ベロをめっちゃ怖がってるみたい。
かなり無理をして俺の機嫌を取ろうとしている?
俺は公爵に気を遣われるようなことは何もしてないぞ。
思わず“ぶぶ漬けでもどうどす?”って言いそうになる。
京都人特有の早よ帰れという意味の言い回し。
“頂きます”なんて言ったらめっちゃ馬鹿にされる。
俺に気を遣うくらいならさっさと帰れよ。
”撫ぜさせてあげてもいい?“
ベロに聞いてみた。
「キュゥン(いいよ)。」
ベロが閣下の足元に歩いてゴロンと横になる。
「撫ぜてもいいそうです。」
「そおでっか。 おお、思っていたよりも柔らこおますな。」
だからどこの言葉だよ。
色々と混じり過ぎだぞ。
「お腹はもっと柔らかいですよ。」
”お腹を撫ぜさせてもいい?“
「キュゥン(いいよ)。」
ベロがゴロンと転がりへそ天になる。
「これは何とも素晴らしき触り心地であるな。 おお、これは良い・・でっせ。」
ベロの触り心地に、1瞬冒険者言葉の設定を忘れたな。
公爵は、視察に来たことをすっかり忘れて、延々とベロを撫ぜている。
もはやただのベロフアン。
皆は呆然と公爵を眺めている。
ギルドの中に長い静寂が訪れた。
「閣下。」
だいぶ長い時間が経った後、お付きのおっさんが声を掛けた。
「そろそろお時間で御座います。」
公爵閣下が慌てて立ち上がる。
「コホン。 皆の者、我が領地の平穏が保たれておるのも冒険者ギルドの活躍あってこそである。 これからもよろしく頼むぞ。」
「有り難きお言葉、痛み入ります。」
熊が代表して挨拶する。
「皆の者、ショータは我が友人である。 これからもショータと仲良くしてやってくれ。 ショータ、また宮殿に遊びに来い。」
だから友人じゃねえし、遊びに行った事なんて無いっちゅうの。
はぁ。
嵐の様な視察が終わった。
公爵家の豪華な馬車を見送った後、職員も冒険者達も疲れ果てて蹲っている。
”範囲回復“
余りの申し訳無さにみんなに回復を掛けた。
バンさんが街の噂を話してくれた。
「竜滅と公爵閣下は友人らしいぞ。」
「竜滅を虐めてたんじゃないのか?」
「虐めていたのは貴族達だったそうだ。」
「公爵閣下がショータと親しくならない様に邪魔をしていたらしい。」
「それが閣下にバレて大勢の貴族が処罰されたんだってさ。」
「今では公爵閣下と竜滅は名前で呼び合う程親しい友人なんだって。」
「そうなのか?」
「竜滅は宮殿にも遊びに行くらしいぞ。」
「冒険者なのに宮殿に入れるのか?」
「出入り自由の通行証を貰ったらしい。 御1族様のお茶会にも呼ばれるそうだ。」
「まだ子供なのに、竜滅すげえな。」
「11歳でAランク冒険者になった逸材だからな。」
「暗殺ギルドも壊滅させたんだろ?」
「そうよ、裏ギルドのボス達も竜滅には絶対に手を出すなと言っているらしいぞ。」
「殺しが専門の暗殺ギルドがあっという間に殺されちまったんだからな。」
「お陰でベルンが平和になるんだから、有難い事だ。」
熊に聞いてみた。
「俺と公爵が友達だっていう噂が流れているんだけど。」
「実際に友人かどうかは別として、閣下とショータが友人だと言う噂が流れれば、ショータを狙う奴が減るから有難いじゃねえか。」
ありがたい?
蟻が鯛なら、芋虫ゃ鯨。
俺は有名になる気は無い。
ベルンの片隅で、こっそりひっそり暮らしたいのだ。
「友達になった覚えは無いんだけど。」
「閣下が友人と言ったから、もう友人だ。」
「意味が判んねえよ。」
「貴族の考えなんて我々平民には理解出来なくて当然だ。 特に領主は何でも思い通りに出来ると思っているからな。 そう言うものだと思っておけ。」
自分は何でも出来ると思っている前世の某大統領と同じ?
それぞれ色々な事情があるのかも知れないけど、権力者はどうも好きにはなれない。
難しい事は判らん。




