110 人族は不器用
角を曲がって直ぐの右側には、壁があちこち壊れかけている工房があった。
煙突から煙が出ていないので、今は操業していないのかも知れない。
入り口の扉周りも少し歪んでいる。
建て付けの悪い扉を開けて、声を掛けた。
「こんにちは~。」
返事がない。
只の屍のようだ、って屍も無いぞ。
入り口から首を突っ込んで、工房の中を眺める。
灯りの魔道具も点いていないので薄暗い。
暗くても見えるから問題は無い。
武器の販売もしていないようで、部屋の中には商品らしい物が1つも見当たらない。
古びたソファーが1組あるだけで、人気も無かった。
探知で工房を探ると奥も部屋に3人の反応があった。
俺が来たことに気付いたのか、3人のうちの1人がこちらにやって来る。
奥の扉が開いた。
「誰だ!」
顔を出したのは背の低い髭面のおっさん。
肩幅がめっちゃ広くて、筋肉モリモリ。
1目でドワーフと判った。
ただ、奥にいる2人に比べると、力量が全く不足している。
たぶん1番下っ端の職人さん。
「冒険者ギルドで回復師をしているショータって言います。 カジシ親方にお願いがあって来ました。」
「子供が何の用だ? 弟子は取らねえぞ。」
「剣を打って欲しいんです。」
「うちの親方は貴族様の剣ですら余程でなければ打たない。 子供の剣など打つはずは無い、帰れ。」
シッシッと犬を追い払うように手を振った。
「待て。」
奥の部屋から髭モジャのおっさんが出て来た。
うん、探知の画面に映ってたから出て来るのは判ってた。
現れたのもドワーフ。
最初に出て来たおっさんよりも一回り大きいし、筋肉がめっちゃモリモリ。
ドワーフの年齢は判らないけど、探知に映っている点の大きさから観てこの人が親方の筈。
奥から出て来たドワーフが目の前に来ると、強者の雰囲気と魔力操作練度の高さが感じられた。
この人が親方のカジシさんで間違い無い。
「カジシ親方とお見受けしました。 俺の剣を打って下さい。」
「ほう、儂がカジシと判ったか。 坊主は魔法使いか?」
俺の体型や装備を見て魔術師と思ったらしい。
いや、俺の魔力量を感じ取ったのかも知れない。
「いえ、回復師です。」
気難しい親方と聞いていたので丁寧に答える。
「ほお~っ。 回復師なのに剣が欲しいのか?」
「剣に魔力を纏わせます。」
「魔力を纏わせる、・・・。 表に出て、剣の腕を見せろ。」
「うん。」
路地に出て、収納から剣を出す。
親方が俺の動きをじっと見ている。
剣を上段に構え、精神を集中した。
「えいっ!」
いつものように上段から一気に切り下げた。
「帝心一剣流、帝竜剣1の型か。 まだ若いのに凄いな。」
「ありがとう御座います。」
お礼を言ったものの、振り下ろしが帝竜剣1の型という事は知らなかった。
そもそも熊が帝心一剣流の達人という事も、ついこの間聞いたばかりだ。
「魔力を纏わせて振ってみろ。」
路地は狭いので1m先にチンの刃を作るイメージを固める。
剣を上段に構え、魔力を纏わせる。
”チン“
剣を振り下ろした。
「成程。 魔力で剣を伸ばすと、刃筋のブレが気になると言う事か。」
流石はカジシ親方。
1目で俺が抱えている問題を見抜いた。
「はい。 1mなら大丈夫ですが、50mになると魔力の刃が途中で壊れる事があります。 100mだと壊れる事の方が多いんです。」
「100m、・・・。 100m先に魔力の刃を出せるとは凄いな。 流石は竜滅と呼ばれるだけの事はある。」
「俺の事を知っているんですか?」
「会うのは初めてだが、魔力量と魔力操作の練度が半端ねえ。 このベルンで俺が会った事のねえ実力者は竜滅くらいだからな。」
「実力者を皆知ってるの?」
竜滅と知られたので普通に話した。
「大抵の奴は俺の工房に来る。 来ない奴は、俺が実力を見に行く。」
「そうなんだ。」
殆どの実力者をカジシさんは実際に見たらしい。
「刃筋がブレるのは剣がなまくらなせいだ。 僅かだが剣に歪みがあるから、魔力で剣を伸ばすとブレが大きくなる。」
「やっぱりそうなんだ。 剣が悪いって言われたから、カジシさんにお願いしようと思ってここに来たんだ。」
「・・・、そうか。 打ってやりたいのはやまやまだが、今は無理だ。」
「どうして?」
「儂の工房にミスリルを回してくれる懇意の錬金術師が新しい魔道具の大量注文を受けていて、今はミスリルの製錬をしてくれんのじゃ。 儂の所には純度の高いミスリルの在庫が無いから、ミスリルの剣は打てん。」
新しい魔道具の大量注文、何となく想像がついたけど今は黙っておく。
「ミスリルのインゴットなら持ってるよ。」
収納からミスリルのインゴットを出した。
カジシさんがインゴットを手に持ってじっと見る。
「純度が高いな。 これなら良い剣が打てる。 もしもこのインゴットを余分に持って居るなら幾つか譲ってくれんか?」
「いいよ、幾つ欲しいの?」
「出来ればあと4個欲しい。 ダチが大斧を欲しがっているので打ってやりたい。 勿論打つのは竜滅の剣を打った後でだ。 竜滅の剣は小剣だからインゴット1個で充分足りる。」
インゴットの追加を4個カジシさんに渡した。
今回は収納の肥やしになっていたインゴットを活用するのも剣を打って貰う目的の1つ。
少しでも収納の中を整理したいので、カジシさんが使ってくれるのは有り難い。
「ミスリルの代金は幾らだ?」
「剣の代金から差し引いて。 足りない分は払うから。」
「いやいや、竜滅の剣を打たせて貰うのに金など取れん。 竜滅はベルンの恩人じゃからな。ミスリルの金は払う。」
「いやいや、カジシさんはベルン1の鍛冶師。 ミスリルだけで剣の代金が足りる筈なんて無いよ。」
「いやい・・。」
「何を揉めているんだ?」
突然大きな声が聞こえる。
声の方を見ると凶悪な顔をしたドワーフが立っていた。
「タトルさん?」
「おう。 うちの若いもんが迷惑を掛けたらしいな。 話を聞いたら頭の3つある黒い犬を連れた少年に手を出したと言ったから叩きのめしておいた。 ショータにバカどもの不始末を謝ろうと思って探していた所だ。 生かしておいてくれてありがとうな。」
「はあ。」
「それで何を揉めていたんだ?」
「タトルは竜滅と知り合いなのか?」
カジシさんが驚いている。
「まあ1度挨拶させて貰っただけだが、名前で呼び合う仲だ。 カジシは剣の注文か?」
「ああ。 ただ、代金でちょっと揉めてな、・・・。」
「吹っ掛けたのか? ショータは若いが、なかなか出来た男だ。 俺に免じて勉強してやってくれ。」
「いや、ベルンの恩人である竜滅の剣を打てるのは鍛冶師の誉れだ。 代金を受け取る気は無い。 竜滅が純度の高いミスリルのインゴットを持っていたから買い取ろうとしたら、剣の代金から差し引いて不足分を払うと言いやがる。 ふざけんなという事で言い合いになった。」
「ひょっとして、前に頼んだ斧を打ってくれるのか?」
「おう。 竜滅の持って来たインゴットなら良い斧が打てると思って話し合ったのだが、・・・。」
「カジシさんの言ってたダチって、タトルさんなんだ。 だったら猶更インゴットの代金は受け取れないよ。」
「いやいや。」
「まあまあ。」
って、何のコントだよ。
誰もどうぞどうぞとは言わないぞ。
「ともあれ、路地で話す事じゃねえ。 中に入れて貰うぞ。」
タトルさんの言葉で、工房の中で話す事になった。
カジシさんが隣の部屋から酒樽を持って来た。
「とりあえず飲みながら話す事にしよう。 竜滅も飲むんだろ?」
「いや、まだ子供だから。」
「ドワーフは5歳から飲んでも良いと決まっているぞ。」
カジシさんが無茶を言う。
「俺はドワーフじゃねえし。」
5歳からって飲んでる種族と一緒にしないで欲しい。
「人族は不器用なんだ、無茶を言うな。」
タトルさんが助けてくれたけど、5歳から酒を飲めないのは不器用だからなのか?
器用とか不器用の問題じゃない様な気がするんだけど。
「なら、しょうがねえな。 おい、果実水を持ってこい。」
カジシさんが弟子らしいおっさんに言いつけて、果実水を持って来させてくれた。
「とりあえず乾杯だ。」
「おう。」
話し合いになったものの、タトルさんは初めて俺と会った時の事や俺に手を出して返り討ちになった若い衆の話、カジシさんは俺の帝心一剣流や魔力を纏わせた剣の話で盛り上がっている。
何で俺の話で酒が飲めるんだ?
俺は酒の肴か?
俺?
俺を褒める話なんて、聞いているだけで恥ずかしい。
黙ってチビチビと果実水を飲んでたよ。
結局、剣の代金は素材のミスリルを持ち込んだのでカジシさんの加工料だけ。
そしてカジシさんの加工料はミスリルのインゴット4個の現物払い。
加工料のミスリルを使って打った斧は、揉め事を仲介したタトルさんへの謝礼という事に落ち着いた。
剣が出来上がるまで1ヶ月程掛かるらしいので、出来上がったら大門ギルドに連絡して貰う事になった。




