109 夜逃げじゃ、夜逃げじゃ♫
体を動かす訓練にはベロが付き合ってくれる。
魔法についてはレイが丁寧に教えてくれる。
Sランクの凄い師匠達のお陰で、運動能力も魔法の技術も格段と進歩した、と思う。
惜しむらくは、相変わらず攻撃魔法が全く使えない事と、剣を振るのに時間が掛かる事。
1撃必殺の振り下ろしと“チン”の威力は上がったものの、集中して振るまでに時間が掛かるから、構えているうちに相手が動いてしまうと当たらない。
直接当たれば威力のある“チン“も、木の枝に当たると微妙に刃筋がぶれ、2~3本の枝に当たると空気抵抗が大きくなって砕けてしまう。
枝に守られた木の根元にいる鼠さんには、未だに攻撃手段が無いのが現状。
宿敵との対決の日はまだまだ遠い未来のようだ。
「剣の素材が悪いから、ショータの魔力を十分に伝えられて無い。 その上、僅かだが剣身に歪みがあるから、空気抵抗で刃筋がぶれる。 高速で振り下ろすチンは、僅かでも刃筋がぶれれば空気抵抗が大きくなるから、振り下ろす途中で砕け散る。」
荒野の訓練場でチンの稽古をしていたらレイに指摘された。
「素材が良く無いの?」
「うむ。 ショータの剣はミスリル製ではあるが、使われているミスリルの純度が低い。 純度が低ければ、ミスリルの特性である魔力伝導率も低くなり、ショータの魔力をチンへと伝えきれない。 その上、鍛錬した鍛冶師の腕が悪いから剣身に歪みがある。 僅かでも剣身に歪みがあれば、高速で振り下ろした時に空気抵抗によって刃筋がぶれる。 空中でチンが砕け散るのはチンに魔力を伝えきれていない事と、剣の歪みが原因じゃな。 良い剣に変えれば、チンの威力はもっと上がる筈じゃ。」
「でも、ミスリルって凄く高いって聞いたよ。」
貴族でも無ければミスリルの剣など買えないと、冒険者のおっちゃんに聞いた事がある。
今使っている剣でも冒険者にしては上等な剣らしい。
「収納には純度の高いミスリルのインゴットが幾つもあるぞ。」
「えっ、そうなの?」
俺の収納にミスリルが入っているなんて全然知らなかった。
「儂が住んでいた屋敷にあったミスリルのインゴッドは全て収納に入れた。 それ以前にも手に入れていたようで、儂が収納に住んだ時には既にミスリルのインゴッドが幾つも収納に入っていたぞ。」
そう言えば、ベロが住んでいた屋敷でも沢山のインゴットを収納した覚えがある。
いちいち鑑定しなかったし、色々と収納したので、インゴットを入れた事すらすっかり忘れていた。
手当たり次第収納した中に、ミスリルのインゴットもあったらしい。
収納がゴミ屋敷化していたので、めんどくさくて調べる気にもならなかった。
「収納にあるインゴットを使えば、もっと良い剣を作れるの?」
「収納にあるインゴットなら純度が高いから、剣の素材としては充分過ぎる程じゃ。 後は鍛冶師の腕次第じゃな。」
困ったときの熊頼み。
「腕の良い鍛冶師って知ってる?」
「鍛冶師? 何か欲しいものがあるのか?」
「もっと良いミスリルの剣が欲しい。」
「バカ者! 武器を替える前に己の腕を磨け!」
即座に怒られた。
「剣に魔法を乗せるには、もっと良い剣で無いとダメなんだ。」
「チンとかいう奴か。 ・・・確かに今の剣だと、ショータの魔力を十分には生かせんな。 今の剣は公爵から下賜された物だが、貴族達が嫌がらせをしていた時に貰った物。 確かにミスリルの剣ではあるが、魔力の通りも悪いし、歪みもある。 ミスリルの剣とは名ばかりではあるな。 普通の冒険者が持つには良いが、Aランク冒険者に相応しく無いのは確かだ。」
「でしょう?」
熊もチンを使うには、剣が良く無いという事を判ってくれた。
「だが高品質のミスリルは高いぞ。 ショータは金持ちだから支払いに問題は無いが、本当に大金を払っても良いのか?」
熊は俺が無駄金を使わない事を知っている。
食費も図書館の入場料もギルドに払って貰っているので、ちょっと耳が痛い。
「俺がギルドで稼いだお金は、将来の開業資金だから使わないよ。 でも、依頼報酬とかのあぶく銭は開業資金とは別だから、剣に使っても大丈夫。」
俺が治療室で稼いだお金は、将来治療院を作る時のお金だから使わない。
偶々貰えた討伐報酬や依頼報酬はあぶく銭だから、幾ら使っても問題は無い。
俺が働いて稼いだお金と、偶々手に入れたあぶく銭をきちんと分けるのは大事。
日々の生活は地道に稼いだお金を基準にして暮らさなければ、人間が堕落する。
闇バイトよりも良い給料を貰っている俺が言うなって?
それはそれ、これはこれだ。
「そうか。 だったら鍛冶屋街に行くのが良いな。」
「鍛冶屋街って北地区にあるやつだよね。」
魔法陣の登録の時に行った魔道具ギルドのベルン本部は西地区だった。
西地区にある魔道具ギルドはめっちゃ遠かった。
もっとも、馬車で行ったから楽だったけど。
北地区は公爵軍駐屯地の近くだから、ベルンの1番北。
1番南にある大門ギルドからは最も遠い地区。
当然、西地区よりも遥かに遠い。
「そうだ。 ただ、鍛冶屋街とは言っても、ミスリルの鍛錬が出来る程の腕が有る親方は少ない。 ベルン最高峰の鍛冶師と言えばカジシだろうが、特に気難しい親方だから引き受けて貰うのは難しいな。 他にはカージャ工房やドワフ工房辺りかな。 ともかく親方に会って直接頼むしかない。 ドワーフは気難しいから、下手に俺が紹介したら臍を曲げかねんからな。」
「熊の紹介でもダメなの?」
「鍛冶師は権力者の押し付けを嫌うんだよな。 自分の打ちたい素材で自分の打ちたい武器を自分の使って貰いたい相手の為に作る、それが1流鍛冶師としてのプライドらしい。 一応ベルンでは俺も権力者の1人だから、俺の名を出すと却って拙いかもしれん。」
「そうなんだ。」
鍛冶職人は頑固者が多いらしく、熊の紹介でもダメらしい。
何はともあれ、行ってみる事にした。
”ヨイショヨイショ、コリャコリャ♫ 夜逃げじゃ、夜逃げじゃ♫“
遠くまで出かけると言ったら、ベロが喜んで大はしゃぎ。
でも逃げてねえし、今は朝だから夜逃げじゃねえ。
“散歩だ、散歩! 夜逃げじゃ無いぞ“
”違うの?“
”夜逃げなんて言葉、どこで覚えたんだ?“
“モフモフしてくれた姉ちゃんが、遠くまで行くのは夜逃げだと教えてくれたぞ“
確かに夜逃げなら遠くまで行くのだろうけど・・・。
北門はめっちゃ遠いとベロに言ったので、遠い=夜逃げになったらしい。
“はぁ、ともかく今日も護衛を宜しくね”
“任せろ!”
ベロは今日も元気一杯。
北地区は公爵宮殿の北側。
公爵から貰った通行証を見せて宮殿の中を通り抜ければかなり近道出来るけど、貴族が大勢ウロウロしている宮殿を通る気にはなれない。
基本的に貴族は嫌いだ。
宮殿を大きく迂回して北地区に行くと、もう昼近くになっていた。
北門近くには武器屋や防具屋が沢山並んでいた。
武器屋や防具屋は駐屯地の公爵軍に納める武器や防具を売っているだけでなく、メンテナンスもしているらしく、“修理修繕、引き受けます“という看板が目立つ。
表通りから路地を少し入ったあたりが鍛冶屋街の筈。
“先ずはカジシ工房、カージャ工房、ドワフ工房を見付けるよ”
“我も探す”
“うん、宜しくね”
ベロも看板の文字が読めるので1緒に探す事にした。
路地に入ったら、いきなり悪意を持つ5人組が探知に掛った。
探知に映る白い点の瞬き間隔が長いので殺意は無いらしい。
”反撃しても良いけど、殺さないでね“
”判った“
この辺りを巡回する警備隊は俺の事を知らない筈なので、怪我をさせたら面倒になる。
念の為、ベロの物理的な攻撃は控えて貰うことにした。
普通の人間がベロパンチを受けたらミンチになってしまう。
これは闇のナーベの拠点を攻撃した時に体験済み。
俺に気付いた20歳前後の5人組が、横並びになって路地を塞いだ。
「この辺は道が判り難いから、俺達が案内してやる。 案内料は銀貨5枚だ。」
真ん中の兄ちゃんがニヤニヤ笑いながら声を掛けて来た。
「はぁ。」
思わずため息が出る。
俺はごく普通の服を着て、ごく普通のズボンを履いて、ごく普通に歩いてる。
でもただ1つ違っていたのは、俺にはベロというSランクの護衛がいたのです。
って、またしても奥様は魔女かい!
もお、ええっちゅうねん。
ベロが麻痺を発動した。
5人が1瞬で硬直し、そのままバッタリと倒れる。
勝負はあっけなく終わった。
”褒めて、褒めて“
ベロが頭を擦り付けて来る。
“うん、ありがとうね。 偉い、偉い”
念話で褒めながら3つの頭をワシャワシャと撫ぜてあげる。
”僕も、僕も“
尻尾の蛇さんも頭を向けて来る。
“うん、蛇さんもありがとうね”
蛇さんは何もしていないけど、仲間外れはダメ。
今褒めておかないと、次は張り切って即死毒を飛ばしかねない。
倒れた男達を放置して路地を進む。
最近は気候が春めいて来たので、凍死する事はないだろう。
路地の先には、高い煙突のある工房らしい建物が両側に並んでいた。
どうやら鍛冶屋街に入ったらしい。
建物の表には工房の看板が掛けられている。
看板を見ながらカジシ工房、カージャ工房、ドワフ工房を探す。
キョロキョロしながら歩いていると、今度は4人組が探知に掛る。
鍛冶屋街、治安が悪過ぎだろ。
表通りはともかくとして、裏通りや路地には小遣い稼ぎのチンピラが多いらしい。
そう言えば以前、この辺を仕切っている裏ギルドの元締めタトルさんが“若い奴らは血の気が多い”って言っていたのを思い出した。
“出来れば殺さないでやって欲しい“とも言っていた。
まあ、殺さなければいいか。
4人が道を塞ぐと、すぐにベロが反応した。
4人が麻痺して倒れる。
うん、手を出される前に麻痺させれば、血の気が多くても問題はない。
「はぁ。」
溜息しか出ない。
4人を放置してそのまま進むと、警備隊と出会った。
「坊主、こんな所で何をしてる?」
隊長さんらしい人が俺に聞いて来た。
「カジシ工房を探してる。 カージャ工房かドワフ工房でも良いんだけど、どこに有るのか知ってる?」
「1流どころの工房ばかりだな。 子供の相手はしてくれないぞ。」
俺は12歳だけど、見た目は10歳。
まあそうなるな。
「そうかもしれないけど、1応親方と会って話したい。」
「親方には会えないと思うが、カジシ工房は次の角を左に曲がって直ぐの右側だ。 会えなくても駄々を捏ねるなよ。」
「うん。 ありがとう。」
警備隊のおっちゃんは親切だった。




