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108 負けたのは俺?

朝の訓練を終え、いつものように図書館に向かった。

「あれ?」

探知が異常を告げる。

今迄経験の無い異常事態。

数え切れない程の白い点が図書館前で瞬いている。

”暗殺ギルドじゃないよね“

判らない事はAI搭載検索エンジンのレイに聞くのが一番。

“そうじゃな。 暗殺者にしてはあまりにもレベルが低すぎる”

ギラギラした殺気を駄々漏れにしている大集団が、大勢の人で賑わう中央公園の中にある図書館前で俺を待ち構えているなんて、予想も出来なかった。

俺が近づくと、煌びやかな鎧を纏った3人の騎士?に指揮された100人程の兵が、俺から少し距離を置いてぐるりと取り囲んだ。

中央公園にいた人達も、何事かと集まって来る。



指揮官らしい3人が俺の前に出てきた。

「公爵閣下の悪評を広めてベルンの民を誑かす、無礼千万な詐欺師に天誅を下す。」

真ん中の騎士が俺に向かって胸を張り、声を張り上げて叫んだ。

「はあ?」

いったい何の事か、さっぱり意味が判らない。

公爵は嫌いだけど、悪評を広めた覚えなんて無いぞ。

「こ奴は回復魔法だけで、剣も攻撃魔法も使えぬ。 恐れる事は無い。」

確かに俺は剣も攻撃魔法も使えない、うんその通りだね。

「口先ばかりで、鼠の魔獣すら倒せぬ軟弱者だ。 一気に押し潰すぞ。」

全身鎧に身を固め、大剣を振り上げた指揮官が兵士を鼓舞する。

口下手な俺なので、口先ばかりと言われる覚えは無いが、鼠の魔獣を倒せないのは間違い無い。

流石は指揮官、俺の実力を良く知ってる。

って、納得してどうすんだよ。

指揮官の3人は兜を跳ね上げているので顔が見える。

3人とも何となく見覚えのある顔のような気がした。

・・・、思い出した。

大規模討伐の時、指揮テントで俺を前線に送って殺そうとした貴族達の中にいた3人。

比較的前の方にいたから、かなり身分の高い貴族の可能性が高い。

やばいじゃん。

俺を見張っている監視員達の方を見ると、公爵家の諜報員が両手で頭を抱えている。

身分が低い諜報員ですら指揮官3人の顔を知っているのなら、この指揮官は有名な人達?

頭を抱えているということは、公爵に近い?

判らん。



俺を罵る口調が激しくて、前世の某国大統領を思い出す。

但し、強大な軍事力を持つ某国とは違って、指揮官も兵もさほど強そうには見えない。

その上、杖を持った魔法使い隊も弓を持った弓兵も見当たらない。

ミサイルとか爆撃機も無さそう。

それでも大勢の群衆が遠巻きに見ている中で、お貴族様3人が指揮する100人もの兵と戦うというのは、さすがに拙いような気がした。

何と言ってもここはベルンのど真ん中にある中央公園。

ここで拙い対応をすれば、その噂はあっという間にベルン中に広まりかねない。

いや監視員達がいるから大陸中に広まるだろう。



”ベロとレイは手を出さないで“

”判った“

”承知“

”結界“ ”結界“ ”結界“ 

あまり強そうには見えないから1枚でも大丈夫とは思うけど、相手は大勢の民衆が見ている前で軍を嗾ける非常識な貴族達。

どんな汚い手を使って来るか判らないので、念の為に結界を3重に張る。

取りあえずは、専守防衛で様子を見る事にした。

「槍隊、構え!」

「「「「「オウ!!」」」」」

指揮官が叫ぶと、周囲を囲んでいる50人程の槍隊の兵士達が、大声を上げながら俺に槍を向ける。

「突撃ぃ~!」

指揮官の命令で槍を構えた兵士達が一斉に俺に向かって走り出した。

「「「「「ウォォォ~!!!!」」」」」

えっ、槍で突撃なの?

搦め手とか魔道具ではなく、単純な槍隊の突撃にビックリした。

ゴン、ゴン、ゴゴン、ゴン、ゴゴン、ゴン、ゴン、ゴゴン、ゴン。

バリアに槍が当たって大きな音を立てる。

めっちゃ喧しい。

余程の達人ならともかく、普通の兵士が何人で襲い掛かろうが、俺の結界を破れる筈が無い。

俺の気を逸らす為の陽動?

恐らくは本格的な攻撃までの時間稼ぎ。

敵との交渉で油断させて何度も奇襲攻撃を掛けた某国大統領を思い出す。



探知で周囲を確認する。

何か思いもよらない攻撃がある筈。

探知画面を注意深く見るが、目の前の兵士以外には瞬く点は無い。

伏兵がいないなら、槍隊の後ろにいる騎士隊が何かを仕掛けて来る?

もしくは、探知外から騎馬や攻城兵器での攻撃?

油断はダメ、絶対。

騎士隊を目の端に捉えながら離れた所にも目を向ける。

周囲を見回すと、さっきまでよりもだいぶ増えた群衆が遠巻きに俺を眺めている。

ここは中央公園のすぐそば。

いわばベルンの中心部。

そりゃあ見物人も集まるよね。

両手で頭を抱えていた公爵家の諜報員が、今度は肩を竦めて天を仰いでいる。

背中をポンポンして慰めているのは、確か帝室の諜報員だった筈。

大群衆が集まっているのだから、そろそろ警備隊が来ても良いのに、やけに遅い。

警備隊に手を回した?

やはり何かの搦め手を用意しているのだろう。



色々と考えていたら、喧しい音が止んだ。

「「「「はあ、はあ、はあ、はあ。」」」」

兵士達が槍を杖にして息を整えている。

こんなに短時間で息が上がったら、魔獣とは戦えないよ。

「槍隊下がれ。 騎士隊突撃ぃ~!!」

槍を杖にした兵士がのろのろと離れ、後ろにいた騎士達が長剣を振りかざして襲ってきた。

うそぉ!

槍で破れない結界が剣で破れるなどと指揮官が考える筈は無い。

ひょっとして兵士が持っているのは魔法剣?

ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン、ガン。

騎士の持つ長剣がバリアを叩く。

極普通の剣、魔法剣では無かった。

騎士達の剣が次々に折れる。

結界の強度が上がってる?

いや、騎士の剣がなまくら過ぎ?

両方か?

判らん。

「「「「はあ、はあ、ぜい、ぜい。はあ、はあ、ぜい、ぜい。」」」」

剣を振るっていた騎士隊の息が苦しそう。

俺が張った結界の周りは空気が薄くなる?

それは無いか。

たぶん兵士の訓練不足。

指揮官がアレだから、兵士もコレなんだろう。



いくら何でも、これだけの筈が無い。

探知の範囲を広げて警戒するが、目の前の兵士達以外には怪しい動きが無い。

「騎士隊下がれ。 槍隊突撃ぃ~!!」

剣を持った騎士達が離れ、座って休憩していた槍隊の兵が、慌てて立ち上がると、槍を構えて突っ込んで来た。

えっ、また槍なの?

搦め手とかは無いの?

「「「「「ォォォ~!!!!」」」」」

槍隊の掛け声が最初の時よりも小さくなってる。

ツンツン、ツン、ツツン、ツン。ツンツン、ツン、ツツン、ツン。

槍が結界を突く音はもっと小さくなった。

これなら喧しいと言う程では無い。

本気で突くとすぐに疲れる事に気が付いたのかもしれない。

経験から学べる賢い兵士らしい。

指揮官はバカだけど。

でも軽くツンツンしても、攻撃にはならないぞ。



暇なので周囲を見回していたら、顔見知りの冒険者達が見物してるのを見付けた。

冒険者のおっちゃんが目立たない様に小さく手を振ってくれた。

どうやら俺を応援してくれているらしい。

相手が貴族兵なので目立たない様に応援しているらしい。

他のおっちゃん達も小さく手を振ってくれる。

嬉しくなって、俺も笑顔を浮かべながら胸元で小さく手を振り返す。

それを見たおっちゃん達が口元に手を当てて、笑いを堪えている。

肩がめっちゃ揺れている。

余りにも酷い攻撃なので大笑いしたいらしいが、貴族達を笑ったら拙いと思ってる?



「槍隊下がれ。 騎士隊突撃ぃ~!!」

槍を杖にした兵士が離れ、後ろにいた騎士達が槍や長剣を振りかざして襲ってきた。

槍を持った騎士がいるのは、さっきの攻撃で剣が折れた騎士が多いから。

交代で下がる槍兵から槍を借りたのをはっきり見たぞ。

コン、コン、ココン、コン。コン、コン、ココン、コン。

1回目よりもバリアを叩く音が軽い。

疲れると思ったからか、剣が折れるのを嫌がってるのかは判らないけど、煩く無いので俺も助かる。

探知を強めても、周囲には変わった様子が無い。

伏兵もいないし、応援部隊が来る様子も無い。

貴族達が何をしたいのか、俺にはさっぱり判らなかった。



その時、突然状況が変わった。

結界の中で寝転んでいたベロがいきなり立ち上がり、兵達の方に向かって突進したのだ。

ちょっと油断をしていたせいで、俺はとっさの状況に対処出来なかった。

何が起こった!

驚いて、ベロの姿を目で追う。

ベロが兵士達と激突・・・する直前に華麗なステップを踏む。

左右に細かなステップを踏みながら、ベロはあっと言う間に兵士達の足元をすり抜けると、見物している群衆に突っ込んで行った。

群衆の中に暗殺者が紛れ込んでいるのか?

危険な事態になったら逃げ出そうと、俺も身構える。

ベロの向かった先を見ると、数人のお姉さん達がベロに向かって串肉を振っている。

ベロが足元まで来ると、ベロの頭を撫ぜ撫ぜしながら3つの頭に串肉を差し出した。

ベロが嬉しそうに串肉に齧り付く。

「はぁ・・・。」

お姉さん達、いくら何でも緊張感無さ過ぎじゃね。

呆れている俺の視線の先で、ベロは串肉を美味しそうに食べている。

尻尾の蛇さんも串肉を貰っている。

お姉さん達は串肉を上げながら嬉しそうにベロをモフモフ。

まあそうなるな。

早く警備隊が来てくれないと、串肉の屋台がここまで出張して来るかもしれない。



「騎士隊下がれ!!」

号令と共に騎士達が離れた。

「ガハハハハ。 どうだ、参ったか!」

「今日はこれくらいで勘弁してやる。」

「恐れ入ったら、2度と公爵閣下に逆らうな!」

「身分を弁えろ!」

「次は無いぞ、覚悟しておけ。」

指揮官が憎々し気に俺に言葉を投げつけてきた。

「皆の者、勝ちどきを上げろ!」

えっ、勝ちどき?

「「「「オ~!」」」」

兵士達が武器を上げる。

「えい! えい! えい!」

指揮官が大きな声で叫びながら、空に向かって剣を突き上げる。

「「「「「ぇぃ! ぇぃ! ぇぃ!」」」」」

兵士達も武器を突き上げるが、声が小さくて元気が無い。

あまり勇ましくは無いけど、勝ちどきを上げたっていう事は、貴族兵が勝ったの?

負けたのは俺?

いつ負けたんだろう。

全然気が付かなかった。

「よし、引き上げだ。」

「「「「ぉぉ~!!!」」」」

元気な指揮官達と、声も足取りも疲れ切った兵達が去って行った。

公爵家の諜報員は地面に両手を突き4つ這いになってがっくりと頭を垂れている。

帝室の諜報員が背中を撫ぜて慰めていた。

ベロはヘソ天でお姉さん達にモフモフされている。

何となくカオス?

俺が負けたらしいけど、怪我人は1人もいなかったから、まあ良かった?

俺には良く判らないことだらけの事件が終わった。


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