8.拓海の不思議体験談(2)
「——ということがあった」
俺が話し終えると、祐介の喉がゴクリと鳴る。
原田さんは自分の肩を抱いてぶるりと身を震わせた。
「そのあとは、祐介と原田さんと合流し、そして現在ココにいます。
どう? なかなかにホラーだと思わない?」
「うおおー、こえーーーっ!」
「……こ、心の準備ができていませんでした……」
あらら、祐介を怖がらせやろうと思ったのに、言葉とは裏腹にめっちゃ喜んでる。
原田さんは、うん、怖がっている。腕をサスサスしてとても期待通りの反応です。
「結局その夫婦らしき二人は、見つからなかったんですか?」
「うん。どこにもいなかったね」
「あの、話の状況からは……ご夫婦が自ら姿を消すのは不自然ですよね?」
「お? 美咲ちゃん、いいね! 謎解きの雰囲気になってきた!」
「なんで上から目線なんだよ」
「俺、これでも大学のミステリー研究会に入ってましたからね。謎解きや推理は得意です」
思ったより二人の食い付きが良い。
「じゃあ、そのミステリー先輩に謎解きを頼む」
「なんですか、ミステリー先輩って。適当過ぎです」
俺たちのやりとりに、うふふ、と原田さんが笑う。
「最後の夫婦の話は、ミステリーよりホラーの香りがプンプンしますね」
「やっぱりご夫婦は、事故で……亡くなった方なんでしょうか……?」
いきなり核心をつくじゃないか。
俺、口に出してしまうのが怖くて言えなかったのに。
原田さん、意外と度胸あるな。
「さすが美咲ちゃん! そう考えるのが妥当だよね?
うおー、俺も心霊体験してみてー。
実はまだ一度も体験したことないんだよなー」
……何だろう、とても不謹慎な発言に聞こえる。
原田さんもそう思ったのだろうか、表情を硬くしている。そして、徐に席を立ち「ちょっとお手洗いに行ってきます」と店の奥に消えていった。
「あ、あの、拓海さん。俺、何かマズイこと言っちゃいました……?」
「あー、どうだろう。大丈夫だと思うけど……」
祐介も、美咲ちゃんの変化に気がついたらしい。
「事故の被害者に知り合いがいないか、不安になったんじゃないかな。きっと今頃、友人たちに確認してるとか? それより、全然酒が進んでないぞー。飲めー」
「は、はい……」
祐介が消沈した。さっきまでの元気が行方不明に……。
しばらくして戻ってきた原田さんの顔には、硬さや不安の色はなく、いつものふんわり笑顔だ。それにホッと安心する。祐介も安堵の息をついている。
「何か話は進みました?」
「いや、あれからは特に何も進めていないよ」
はい、仕切り直し。
「で、オカルトマニアのミステリー先輩から見て、今日の話ってどんな感じ? 内容が内容だけに、正直、自分への信頼度が絶賛降下中なんだよね」
「うーん、そうですねえ。最後のエピソードはホラー感満載で良かったと思います。でもそれ以外の話は無秩序で散発的、そもそもオカルトなのかどうか……。拓海さんの思い込みという線もあるし、単に拓海さんの残念な引きの強さが出てたりしません?」
「おまえ……馬鹿にしてるだろ? なんだよ、残念な引きの強さって」
「馬鹿にしてないですって。愛すべき能力です」
絶対に馬鹿にしてるだろ……。
「ふん。どうせ〝幻聴〟も信じてないんだろ? 〝頭に直接響く声〟なんて、それこそあたおかの戯言だもんな。俺だってアホなこと言ってる自覚ある」
ジト目で睨むと、祐介は苦笑した。
いや、そこでおちゃらけてくれないとダメージがデカいんだが……。
「では、拓海さんの言ったことがすべて事実だと過程します」
「事実だよ」
「はい、茶々入れない〜。俺が思うに、大きく4つに分けられます。
1、交通事故に関する話。
2、〝謎の声〟とそこから派生する話。高校生が光るのもそれ。
3、ちょくちょく現れるカラスの話
4、夫婦の幽霊を見たかもしれない話
です」
指を一本ずつ順番に立てていく祐介。
うん、そうだな。実に盛りだくさん。
「正直、2つ目は分からないです。なので一旦後回しにします」
「わかった」
「まずは交通事故。これは実際に発生した事案であり、この街の共通認識事項です。なので不思議な事じゃない」
祐介の言葉に頷く原田さんだったが、その表情がわずかに歪む。彼女の握る手に力が入るのが見えた。
思い入れがあるまちと言っていたからな。心配なんだろうな。
「次に、何度も登場するカラスの話。これは一見ホラーとかオカルトの雰囲気があるけど、カラスというキャライメージに騙されている気がします」
「どういうこと?」
「その前に、カラスがしゃべったかもしれないという部分は、一旦否定させてください。カラスがたまたまそこにいた、という可能性も大いにありますので」
「まあ、そうだな」
「そうすると、ひとつのストーリーが見えてきます。
一羽のカラスに、拓海さんがものすごく気に入られたってことですよ。
これはホラーでもオカルトでもなく、キュートでラブリーな話じゃないっすかね?」
はあ?
「本当ですね! かわいい。うふふふ」
「ね? そう思うでしょ?」
「おいおい、ちょっと待って。カラスがスマホを操作した件はどうなるんだよ?」
「カラスは頭がいいっていうじゃないですか。そんなこともあるんじゃないですか?」
「うんうん、あるかも〜」
原田さん、大喜びじゃん。
……なんかもう、そういうことでいいか。納得できんが。
「〝夫婦の幽霊〟については、これはもう完成した話というか、普通に『怖いねー』でいいと思います。ちなみに俺はこの話が一番好きです」
おまえの好みは今はどうでもよろしい。
「ということで、考えなきゃいけないのは2つ目の〝謎の声〟と〝光った生徒たち〟です」
俺の目が急によく見えて耳がよく聞こえたというレベルアップ案件は、スルーなんですね……。
気のせいってことで済まされちゃうんだね。
「〝幹〟とか〝成長を見届けろ〟とか〝目〟とか。それって〝神託〟っぽくありません?」
「神託?」
「神様のお告げ的なやつです」
いきなり祐介の口から飛び出た高次元のお話に、目を丸くする原田さん。
「そう考えると、案外悪い話じゃない気もするんですよねえ……知らんけど」
「知らんのかーい」
「あはははは」
「だって、神様ですよ? ちなみに拓海さんって、どこの宗派ですか?」
「うちはずっと仏教だよ。宗派は……分かんないな。っていうか、俺自身は意識したことないな。無神論者と言ってもいいぞ」
「うーん、そうかあ」
「大体さ、『あなたは選ばれました』って何だよ。しかも2回言ったぞ。違法サイトへのフィッシング詐欺の誘導文句か」
「まさかの神託詐欺?」
「あははははは。やめてくださいよぉ、お腹いたーい」
原田さん、ツボにハマったらしい。
案外、笑い上戸なのかもしれない。
「拓海さん、〝幹〟の部分、正確に何て言われたか覚えています?」
「えーと……『芽生えた〝幹〟の成長を見届けなさい』かな。たぶん」
「芽生えた……。何かが新しく生まれたってことですよね。〝幹〟という名前から連想するに、何か大切な、それも中心的なもの……」
「成長を見届けろっていうんだから、成長するものってことだよな」
「ですねえ。今現在はとても小さい……いや、弱い? 生き物……? 力のようなもの……? それがグラウンドで見た〝光〟のことなのか……」
「森川くん、本物の探偵さんみたいで何だかカッコいい!」
原田さんがパチパチパチと手を叩いて感心している。
祐介、顔が崩れに崩れまくっているぞ。
「そして最後に、俺に〝目〟を与えるから見逃すなよー、って感じのことを言われた。そしたら人が光ってるのが見えた」
「そこなんですど、〝幹〟って言葉と〝光〟って、なんかイメージが合わないですよねえ。しっくりこないです」
「そう言われればそうだな」
おー、と感心しながら拍手を続ける原田さん。
祐介も原田さんも、完全に推理ゲームやクイズを解くノリだよね。
まあ、いいんだけど。楽しんでもらえて何より。
「おい祐介。幽霊も見てしまったぞ?」
祐介が「それもありますね」と真剣な目でこちらを見た。何かを考えている。
「……すみません、拓海さん。4つに分けるって言っちゃいましたけど、実は全部つながっていたとしたらどうでしょう……」
「どういうこと?」
「〝交通事故〟が全ての始まりなのかも知れません」
今日起こった交通事故が?
「交通事故で〝幹〟が生まれたんですよ」
刹那の静寂。
俺達の会話など聴こえるはずのない他の客の声まで、一瞬だけ掻き消えた。しかし、瞬きほどの時間の後、店内は楽しげな会話の声で再び満たされる。
言った本人の祐介が、自分の発した言葉に驚いているように見える。
原田さんのふんわり笑顔が、張り付いた作り物のように見える。
笑おうとしている俺の顔も、おそらく引き攣っているに違いない。
しっくりきた。
それが正しい。そう感じた。
おそらく祐介も原田さんも。
今日この街に〝幹〟が誕生した。
それを、何か超常的な存在が俺に伝えに来た。
そして、俺にそれを見届ける〝目〟を授けた。
おかげで俺は、変なモノが見えるようになった。
「ま、まあ、今のは思いつきなんですけどねっ! ははは!」
「わ、私も、面白い推察だとは思います。うふ、うふふ……」
二人とも、顔が青いぞ。
そして、その推察が当たっていた場合、看過できない重大な問題が発生したことになる。
俺、霊が見えるようになったの?
勘弁してくれ〜!




