23.整理は必要
どうも、クロです。
高梨の家の様子を伺っていた怪しい二人組は、刑事だった。
そして、先に家に入っていった女性は、瑠華の叔母だった。
刑事は、中年男が黒須、若い女は西野とかいったな。黒須は西野を「聖ちゃん」と呼んでいた。
瑠華の叔母は、下村夏子というらしい。
玄関先での彼らの話は屋根の上から聞いていたが、どうにも要領を得ない。
あの刑事たち、職務を全うできるのか不安になるレベルだ。幽霊が出たとか、手帳に幽霊がメモを書いたとか。その類の話って、警察で取り扱うもの?
この世界、本当にわたしの知ってる世界なの?
幽霊が普通に市民権を得ている世界とか?
まあ、わたしみたいなカラスがいる時点で自分の常識とはズレている気はする。
ここが異世界という可能性もあるのだろうか。異世界転生ってやつ。
いや待て、異世界なら前世にも今世に拓海がいるわけないか。
単に知らないことがたくさんあったと。世界は広いな。
刑事たちは家の中に入ってしまったので、話の続きは聞けなかった。
うーん、消化不良。
ひとまず、収穫がひとつあった。
真詩緒は幽霊。黒須と西野は〝幽霊女子高生〟と呼んでいた。
幽霊なら合点がいくぞ。そりゃ〝センサー〟に引っ掛からないよね。幽霊だもん。
あ、刑事たちが出てきた。
「黒須さん、まずいんじゃないですか?」
「何が?」
「何がじゃないですよ。ったく……何かあったらどうするんですか? 私たちの勝手な判断で保護すべき人間を一般市民に預けるとか」
「どうやってバレるのさ。誰も彼女を覚えていないのに〜」
「今、この瞬間、私たちは覚えていますけど?」
「……あ、ホントだね。……どういうこと?」
「知りませんよ!」
「あれれ? 忘れちゃう条件とか、そういうのがあるのかな?」
真詩緒のことかな?
やっぱり幽霊って厄介な存在なのかな?
「もうっ! どうしていっつもいっつも見切り発車しちゃうんですか!」
「聖ちゃん、こういうのを刑事の勘って言うんだよ。そうすべきだと思ったら突き進むことも必要なんだ。お、今上司っぽいこと言った」
「ポンコツ上司の勘、鈍りまくってんじゃないですか!」
「それよりも、聖ちゃん。今回の件、詳細にメモっておいてね。俺たちが忘れちゃっても最初から追跡できるように、ね」
「……わかってますよ。ホント、人使いが荒い……」
何の相談なのかな?
「——刑事さん、待って下さい!」
「ん?」
「ま、真詩緒さん……」
後ろから真詩緒が走って追い掛けてくる。
気のせいか聖ちゃんの顔が引き攣っている。
「はぁ、はぁ……。すみません、お呼び止めしてしまって……」
「ははは、ヤケに丁寧な物言いの子だねえ。で、まだ何か用かな?」
確かに真詩緒は堅いよね。記憶がないから? 元々?
って、記憶喪失の幽霊って何?
「実は、その、聞いてもらいたい話があるんです。ただ、あの二人の前では少し話しにくい内容で……。皆さん——警察の方々が、私のことを覚えていないことと関係があると思うんです」
黒須と聖ちゃんの目がわずかに見開かれる。
「それは本当かい?」
少し興奮気味に黒須が問い返す。
「確証はありません。でも、たぶん……」
口ごもる真詩緒に、黒須が話の先を促すように頷く。
「少し長い話になると思いますし、準備も必要かと思います。なので、明日以降改めて警察にお伺いしたいんです」
「準備?」
「はい。準備というか、対策というか……。普通にお話しても、おそらくまた忘れると思うので……」
「「あっ」」
「……それは、俺たちが、キミの存在ごと忘れてしまうということかな?」
「それはわかりません。でも忘れるきっかけというか、トリガーみたいなものがあると思っています」
「トリガー?」
「はい。言葉なのか行動なのか、それはわからないのですが……ひとつだけ、確実にそれだとわかるものがあります」
「それは?」
「今は言えません。言うと、きっとこの瞬間の記憶もなくなると思うから……」
「お、おぉ……そう、なのか? こりゃ思ったより厄介だな」
頭をかく黒須。
「その〝トリガー〟となる言葉で、実際に瑠華の記憶が消える瞬間も見ました」
言葉に詰まった黒須と聖ちゃんは、お互いに顔を見合わせた。
「そ、それはまた……耳寄りな情報だね」
「黒須さん……私、もうついて行けてないんですが……それと……こ、怖いんですけどぉ」
聖ちゃんの膝は震えている。
「綿貫さん、キミは……忘れずに覚えているんだね?」
「はい……。もしかしたら、私一人だけがおかしいのかも知れませんが……」
「まあまあ、そう結論付けるのはまだ早いよ。
よし、わかった。忘れるにしても、その様子を第三者が確認や記録できる手段を考えればいいということだね?」
「はい。お願いします」
これは一体、何の話だろうね。さっぱりわからん。
えーと、記憶が消える?
「瑠華も夏子さんも、刑事さんたちなら相談も許してくれると思います。なので、瑠華たちの了承を得てから、改めてご連絡します」
「うん、わかったよ。聖ちゃんもオッケー?」
「は、はい……問題ありません」
「よろしくお願いします!」
深々と頭を下げる真詩緒に、刑事たちは手を振って去っていく。
聖ちゃんの足取りがかなり覚束ない感じだったけど。
刑事たちの背中を見送る真詩緒の顔には、決意のようなものが滲んでいた。
…………。
……さて、わたしはどうしようかな。
何かすっごい取り残された感があるね。
本宅に戻るかな。うん。
翌朝、拓海のアパートに行く。
ベランダのメッセージボードを見ると、メモが貼り付けられていた。
その内容は——
今週末、祐介と原田さんと一緒に
駅前の公園で会おう
二人はクロにすごく会いたがっているよ
それから、
クロに確認したい大事な話もたくさんある
俺とクロだけで個別に話してもいいけど
できればあの二人も一緒だと好都合
YESなら◯印に、NOなら✕印に小石を置いて
ヨロシク
掲示板の手前の床には、チョークで◯と✕が書かれていた。
……拓海の奴、わたしがカラスだとわかっているのだろうか。
カラス相手にこんな長文とか、常識を疑うぞ。
しかも内容はもっと酷い。
カラスにそんな高度な理解力を求めるなと。
まあ、わたしは理解しちゃうんだけど。
祐介と美咲かー。
祐介、あいつ暑苦しくてちょっと苦手。
美咲は、まあいいか。
大事な話って何かな。
前にあの三人で飲んだときの拓海の〝不思議体験談〟か?
わたしは店に入れず聞き逃したからな。それは望むところだ。
ということで、咥えてきた小石を、◯印の上に置く。
その週末——
陽円寺駅近くの緑地公園内。
良く晴れた小春日和の中、木陰に隠れた草むらの上で、拓海、祐介、美咲の三人がレジャーシートに座り、さながらピクニックの様相を呈していた。
シートの中央部分を目隠しするように、荷物や拓海の自転車などを周囲に配置している。
なぜなら、そこにいる一羽のカラス——わたしを周囲の人間の目に晒さないためだ。
今日はそれほど人の姿も多くない。なので、目立つこともないだろう。
「クロちゃん。お久しぶりですぅ」
「クロォォッ!」
寄るな寄るな、近い、アホ祐介。美咲の距離感を見習え。
翼をバサバサッと広げて、拓海の隣まで後退する。
「おい祐介、クロを驚かすなよ。逃げちゃうだろ」
「なんでや!」
「わぁ、本当に本条さんに懐いているんですねえ。羨ましいですぅ〜」
ニコニコ顔の美咲。その美咲をうっとり見つめニコニコ顔の祐介。うざい。
ん? なんだ美咲、その高級そうな菓子は?
わざわざわたしのために用意しただと?
なかなかに見所のあるやつだ。苦しゅうない。
おい、祐介。なんでお前の下手くそな歌に、わたしが合の手を入れなければならんのだ。そんなもん無視だ、無視。
「なんでや!」
拓海よ、いい加減本題に入れ。
そして——
語り始める拓海たち三人。議題は、これまでに起こった謎の現象の数々とその考察について。
正直、真詩緒の方の話だけでも、食傷気味なのだけれど。
あの〝交通事故〟当日からか。
〝神託〟? ほう。
〝神託〟の意味? 知らん。
わたしが〝幹〟かって? 知らん。
〝目〟? わたしの〝拓海センサー〟みたいなものかな?
人が光った? すげーな。
〝幽霊夫婦〟? やはり市民権を得ているようだな。
……結構長い話だな、これ。
もしわたしが、聞いたそばから忘れていく程度の知能しかなかったらどうすんの?
忘れないからいいけども。
なになに?
祐介と美咲の〝交通事故〟に関する記憶があやふやになった?
その際、祐介の美咲の周囲の空間が歪んだ?
空気の歪みは知らんが〝交通事故〟の話で人がおかしくなるのは……わたしも見た。
瑠華だ。
……ほほう、なるほど、な……。
「どうした? クロ? 何かあるのか?」
説明が面倒だし、どっちにしても謎だ。
首を傾げて誤魔化しておく。
「クロ?」
「何か知ってそうな感じっすね」
ヘンに鋭いな、祐介。余計なことを言うんじゃない。
ブンブンと首を横に振っておく。
「怪しい……」
「可愛い……」
「ま、まあ、そういうことで、俺たちはみんな、何かに巻き込まれている。今後、一層の注意と警戒が必要だ」
「クァ」
「で、これは俺たちの勝手な推論だけど、あの〝交通事故〟には何かある。そこが起点となっているかもしれない」
「クァ」
それはわたしも、そう感じている。
「「「やっぱり!」」」
いや、そう感じているだけで、わたしは何も知らんぞ。
なんでわたしの返事が「正解!」みたいになってるの?
ホント、わたしを何だと思ってるんだ。
お前らの悩みすべてに応えられるわけではない。
頼れられるのは悪い気はしないがな。




