↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
22/23

22.大人の矜持

 刑事さんたちは、昨日の武蔵天川警察署での顛末を説明してくれた。


 彼らの話によると——


 事の発端は、西野刑事が自分の手帳に謎のメモを見つけたこと。

 自分の筆跡なのに書いた覚えがない。

 前後の記述から、書かれたのは昨日の朝の可能性が濃厚。


 メモの内容は、誰か(・・)の話を書き取ったもの。

 その誰か(・・)は記憶喪失になって、『高梨瑠華』に保護されている。


 不思議なことに、()の相談だったのか思い出せない。

 メモの一番上にある「相談者:綿貫真詩緒」の文字。

 真っ先に調べるべき情報が、なぜか放置されたままの謎。


 このあたりから——いえ、最初からか——ツッコみたくなる気持ちを抑えるのに苦労した。


 そして警察署の防犯カメラは、受付に現れた一人の女子高生らしき少女を捉えていた。

 これは真詩緒ちゃんでしょ? どうして謎少女扱いなのよ?


 署内の人間は誰も真詩緒ちゃんを覚えていない。意味不明。

 映像内では、真詩緒ちゃんは受付の女性職員と会話している。

 しかし受付の職員にもその記憶はないって、そんなことある?


 映像の中の少女と、覚えのないメモ。

 刑事さんたちにとって確認できる事実は、この2つだけ。

 だから〝幽霊女子高生〟のメッセージ……ね。


 そして、メモの中で唯一の実存する『高梨瑠華』を頼りにこの家を尋ねた。


 ——とのことなんだけど……。



「あの、刑事さん? 確認してもいいですか?」

「どうぞ。むしろ、ここまでのご清聴感謝しています。呆れや怒り、叱責のお言葉は覚悟していましたので。刑事にあるまじき非現実的な話をしているという自覚はあります」

「はあ……まあ、そうなんですけどね……。というか、反応できないほど引いていますよ、正直」


 刑事さんたち自身も、事態を把握できていないようだし。


「ビデオに映った〝幽霊女子高生〟が、西野さんの手帳を使って何かを訴えに来た。刑事さんたちはそう考えたわけですね?」

「少なくとも西野はそう思ったようです。ただ私も他の可能性が思いつかない以上、同じような立場ですが」


 黒須刑事は自嘲気味に笑い、肩を竦める。

 西野刑事は、メガネのフレームに何度も忙しなく触れている。

 緊張時のクセかな?


「その話を信じろと?」


「誠に申し訳ない。ただ、今の話は、少なくとも我々にとっては(・・・・・・・)真実なのです」


 刑事が職務で訪れて、世迷い言で市民を謀る——。

 そんなことする必要はないものね。

 チラッと部屋の奥で壁際に佇む真詩緒ちゃんを見る。


「でも、彼女の真実(・・・・・)とは、だいぶ違うようですよ?」


 そこには見捨てられた子犬みたいになった真詩緒ちゃんがいる。


「真詩緒ちゃんは今の話に何か言うことはない?」


「……私は……黒須さんと西野さんと、きちんとお話をしたんです……。

 本当です。嘘なんてついていません。

 西野さんは私の身体も気遣ってくれましたし……」


 刑事さんたちはお互いに顔を見合わせている。


「途中で、私の身元照会の結果を確認しに西野さんが席を立ち、そこで何かトラブルがあったようです。黒須さんも確認のために席を立って——

 そのまま戻ってきませんでした。

 後で別の方に聞いたら『二人はもう帰った』とのことでした。

 なので……私はここに帰ってくるしかなくて……」


 何それ? ヒドくない?

 記憶喪失で救いを求めてきた少女を、放置?


 私は思わず真詩緒ちゃんの隣りに駆け寄って、肩を抱き寄せた。

 小刻みに震えてる。


「刑事さん?」


 あ、かなり低い声が出ちゃった。

 きっと顔も……ヤバイことになってる。

 黒須刑事がビビってる。西野刑事が目を逸らした。


「お話を伺っていると、まるで別の世界(・・・・)の出来事を聞いてるみたいですね? これはどういうことなんでしょう?」

「それは、こちらも同じなんですよ。その、睨むのをやめてもらえません?」


 ふん、誤魔化そうったってそうはいかないわよ。


「ただ、綿貫さんの話なら、色々と辻褄が合うのは確かです。防犯カメラ映像も、西野の手帳のメモも、説明がつきます」


 あら、素直じゃない。


「では、なぜ我々——その場に居合わせた者全員に、記憶がないのか、です」


 ……確かに。


「幽霊どころじゃない、もっと大きな何か(・・)が存在するとでも言いましょうか……」

「く、黒須さん!? なな、何を言ってるんです?」


 せっかく落ち着いた西野刑事が、またガクガク震えだしちゃった。

 黒須刑事、絶対に西野刑事をイジって楽しんでいるわよね……。



 そのとき、私のすぐ隣りのドアが勢いよく開いて、瑠華が顔を覗かせた。


 来客中に瑠華が顔を出すなんて珍しい。

 さては、廊下で話を聞いていて我慢できなくなったな?


「瑠華、どうしたの?」


「——あなたが、瑠華さん?」


 私と黒須刑事の問い掛けは無視して、瑠華は部屋の中をゆっくりと見渡す。


 まるで檻の中の猛獣ね。

 その猛獣の目が、私に抱きかかえられている真詩緒ちゃんを捉える。

 涙で目を赤く腫らした真詩緒ちゃんを。


「ッ!」

「あ、ちょっと瑠華、待ちなさ——」

「真詩緒を泣かせたの!? どういうつもり——ぐえっ」


 刑事さんに殴りかかりそうな勢いで向かって行くから、つい後ろからシャツの襟首を掴んじゃった。


「——ゲホッ!ゲホッ! ちょ、なっちゃん!? なにすんのゲホゲホ」

「ダメよ。公務執行妨害で逮捕されちゃうわよ」


「ははは、威勢のよいお嬢さんだね」

「うっさいっ! 真詩緒に酷いことしたらマジ許さねーし!」


 さすが黒須刑事は大人の余裕かしら。

 西野刑事は……冷ややかな視線だわー。絶対に瑠華と相性悪い。


「ごめんね。もう帰るから勘弁してね。

 本当はもうちょっと話を聞きたかったけど、おじさんたちもそんな余裕がなくなっちゃってね。一度頭を整理して、また出直してくるよ」

「二度と来んな!」

「お〜、こわ」

「ちょっと黒須さん、いいんですか?」

「いいの、いいの」


 瑠華、いいタイミングで出てきたわ。


「それで刑事さん、真詩緒ちゃんの身柄のことですけど……」

「ああ、本来なら我々が保護しなきゃいけないんですが、また今回同様の不思議なことが起きたりすると——」

「ええ、そうですね。とてもじゃないですが、お任せすることはできません」


 そう、私も怒っているのだ。


「なっちゃん! こんな奴らに真詩緒は渡しちゃダメだかんね!」


 わかってる。


「完全に嫌われちゃったなあ。

 ——まあ、上へ報告しようにも、現状は何も(・・)起こって(・・・・)いない(・・・)という判断しか我々はできません」

「……責任放棄、ということですか?」

「そう取られても仕方ないです。そこでお願いがあるんですが、彼女のこと——」

「私が真詩緒ちゃんの面倒を見ます」

「え?」


「私が、責任を持って彼女の面倒を見ます」


 どうよ。言ってやったわ。

 だって、放っておけるワケないでしょ。

 これは、私の大人としての矜持よ。


「なっちゃん!!」

「夏子さん……?」


 瑠華の笑顔が弾ける。

 真詩緒ちゃんはまだ理解できていない様子ね。


「下村さん、いいんですか? 今、まさにそれをお願いするところだったんですが……。警察としては対応できなくても、私個人としてお願いしたい」

「黒須さん!? 何を言っているんですか?」

「まあまあ、聖ちゃん。キミも協力してよ」

「協力って何を……」


「このことで、下村さんや高梨家、綿貫さんが法の罰や社会的な制裁を受けそうであれば、私と西野が全力で守ることをお約束します」

「私は約束するなんて言ってませんけどぉ!?」

「あと困ったことがあれば、いつでもこの番号にご連絡ください」

「おい、話を勝手に進めんな! それ私の番号じゃねーか! ジジィ!」


 名刺を受け取る。

 へえ、黒須さん。結構話がわかる人じゃない。意外だわ。

 信用しても大丈夫かしら?

 西野さんは……ふふ、これが素なのね。キライじゃない。


「あ、あの……夏子さん? いいんでしょうか……?」

「いいのよ。あなたは守られるべき存在なの。それに、私はあなたがとても気に入ってるの。頼ってほしいわ。この家も瑠華と一緒に自由に使っちゃいなさい」

「……はい……。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます……」


 ボロボロと涙を流す真詩緒ちゃんだけど、今は笑顔になっている。

 そうそう、泣いていたらせっかくの美人が台無しよ。


「やった! 真詩緒! これからは一緒だよ!」

「うん、ありがとう……瑠華」


 抱き合う二人。


 この二人は、私が守るんだから!





「黒須さん……。私、知りませんよ……」

「ははは、やだな〜聖ちゃん。怒られるときは一緒だよ?」

「ジジィ……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。