22.大人の矜持
刑事さんたちは、昨日の武蔵天川警察署での顛末を説明してくれた。
彼らの話によると——
事の発端は、西野刑事が自分の手帳に謎のメモを見つけたこと。
自分の筆跡なのに書いた覚えがない。
前後の記述から、書かれたのは昨日の朝の可能性が濃厚。
メモの内容は、誰かの話を書き取ったもの。
その誰かは記憶喪失になって、『高梨瑠華』に保護されている。
不思議なことに、誰の相談だったのか思い出せない。
メモの一番上にある「相談者:綿貫真詩緒」の文字。
真っ先に調べるべき情報が、なぜか放置されたままの謎。
このあたりから——いえ、最初からか——ツッコみたくなる気持ちを抑えるのに苦労した。
そして警察署の防犯カメラは、受付に現れた一人の女子高生らしき少女を捉えていた。
これは真詩緒ちゃんでしょ? どうして謎少女扱いなのよ?
署内の人間は誰も真詩緒ちゃんを覚えていない。意味不明。
映像内では、真詩緒ちゃんは受付の女性職員と会話している。
しかし受付の職員にもその記憶はないって、そんなことある?
映像の中の少女と、覚えのないメモ。
刑事さんたちにとって確認できる事実は、この2つだけ。
だから〝幽霊女子高生〟のメッセージ……ね。
そして、メモの中で唯一の実存する『高梨瑠華』を頼りにこの家を尋ねた。
——とのことなんだけど……。
「あの、刑事さん? 確認してもいいですか?」
「どうぞ。むしろ、ここまでのご清聴感謝しています。呆れや怒り、叱責のお言葉は覚悟していましたので。刑事にあるまじき非現実的な話をしているという自覚はあります」
「はあ……まあ、そうなんですけどね……。というか、反応できないほど引いていますよ、正直」
刑事さんたち自身も、事態を把握できていないようだし。
「ビデオに映った〝幽霊女子高生〟が、西野さんの手帳を使って何かを訴えに来た。刑事さんたちはそう考えたわけですね?」
「少なくとも西野はそう思ったようです。ただ私も他の可能性が思いつかない以上、同じような立場ですが」
黒須刑事は自嘲気味に笑い、肩を竦める。
西野刑事は、メガネのフレームに何度も忙しなく触れている。
緊張時のクセかな?
「その話を信じろと?」
「誠に申し訳ない。ただ、今の話は、少なくとも我々にとっては真実なのです」
刑事が職務で訪れて、世迷い言で市民を謀る——。
そんなことする必要はないものね。
チラッと部屋の奥で壁際に佇む真詩緒ちゃんを見る。
「でも、彼女の真実とは、だいぶ違うようですよ?」
そこには見捨てられた子犬みたいになった真詩緒ちゃんがいる。
「真詩緒ちゃんは今の話に何か言うことはない?」
「……私は……黒須さんと西野さんと、きちんとお話をしたんです……。
本当です。嘘なんてついていません。
西野さんは私の身体も気遣ってくれましたし……」
刑事さんたちはお互いに顔を見合わせている。
「途中で、私の身元照会の結果を確認しに西野さんが席を立ち、そこで何かトラブルがあったようです。黒須さんも確認のために席を立って——
そのまま戻ってきませんでした。
後で別の方に聞いたら『二人はもう帰った』とのことでした。
なので……私はここに帰ってくるしかなくて……」
何それ? ヒドくない?
記憶喪失で救いを求めてきた少女を、放置?
私は思わず真詩緒ちゃんの隣りに駆け寄って、肩を抱き寄せた。
小刻みに震えてる。
「刑事さん?」
あ、かなり低い声が出ちゃった。
きっと顔も……ヤバイことになってる。
黒須刑事がビビってる。西野刑事が目を逸らした。
「お話を伺っていると、まるで別の世界の出来事を聞いてるみたいですね? これはどういうことなんでしょう?」
「それは、こちらも同じなんですよ。その、睨むのをやめてもらえません?」
ふん、誤魔化そうったってそうはいかないわよ。
「ただ、綿貫さんの話なら、色々と辻褄が合うのは確かです。防犯カメラ映像も、西野の手帳のメモも、説明がつきます」
あら、素直じゃない。
「では、なぜ我々——その場に居合わせた者全員に、記憶がないのか、です」
……確かに。
「幽霊どころじゃない、もっと大きな何かが存在するとでも言いましょうか……」
「く、黒須さん!? なな、何を言ってるんです?」
せっかく落ち着いた西野刑事が、またガクガク震えだしちゃった。
黒須刑事、絶対に西野刑事をイジって楽しんでいるわよね……。
そのとき、私のすぐ隣りのドアが勢いよく開いて、瑠華が顔を覗かせた。
来客中に瑠華が顔を出すなんて珍しい。
さては、廊下で話を聞いていて我慢できなくなったな?
「瑠華、どうしたの?」
「——あなたが、瑠華さん?」
私と黒須刑事の問い掛けは無視して、瑠華は部屋の中をゆっくりと見渡す。
まるで檻の中の猛獣ね。
その猛獣の目が、私に抱きかかえられている真詩緒ちゃんを捉える。
涙で目を赤く腫らした真詩緒ちゃんを。
「ッ!」
「あ、ちょっと瑠華、待ちなさ——」
「真詩緒を泣かせたの!? どういうつもり——ぐえっ」
刑事さんに殴りかかりそうな勢いで向かって行くから、つい後ろからシャツの襟首を掴んじゃった。
「——ゲホッ!ゲホッ! ちょ、なっちゃん!? なにすんのゲホゲホ」
「ダメよ。公務執行妨害で逮捕されちゃうわよ」
「ははは、威勢のよいお嬢さんだね」
「うっさいっ! 真詩緒に酷いことしたらマジ許さねーし!」
さすが黒須刑事は大人の余裕かしら。
西野刑事は……冷ややかな視線だわー。絶対に瑠華と相性悪い。
「ごめんね。もう帰るから勘弁してね。
本当はもうちょっと話を聞きたかったけど、おじさんたちもそんな余裕がなくなっちゃってね。一度頭を整理して、また出直してくるよ」
「二度と来んな!」
「お〜、こわ」
「ちょっと黒須さん、いいんですか?」
「いいの、いいの」
瑠華、いいタイミングで出てきたわ。
「それで刑事さん、真詩緒ちゃんの身柄のことですけど……」
「ああ、本来なら我々が保護しなきゃいけないんですが、また今回同様の不思議なことが起きたりすると——」
「ええ、そうですね。とてもじゃないですが、お任せすることはできません」
そう、私も怒っているのだ。
「なっちゃん! こんな奴らに真詩緒は渡しちゃダメだかんね!」
わかってる。
「完全に嫌われちゃったなあ。
——まあ、上へ報告しようにも、現状は何も起こっていないという判断しか我々はできません」
「……責任放棄、ということですか?」
「そう取られても仕方ないです。そこでお願いがあるんですが、彼女のこと——」
「私が真詩緒ちゃんの面倒を見ます」
「え?」
「私が、責任を持って彼女の面倒を見ます」
どうよ。言ってやったわ。
だって、放っておけるワケないでしょ。
これは、私の大人としての矜持よ。
「なっちゃん!!」
「夏子さん……?」
瑠華の笑顔が弾ける。
真詩緒ちゃんはまだ理解できていない様子ね。
「下村さん、いいんですか? 今、まさにそれをお願いするところだったんですが……。警察としては対応できなくても、私個人としてお願いしたい」
「黒須さん!? 何を言っているんですか?」
「まあまあ、聖ちゃん。キミも協力してよ」
「協力って何を……」
「このことで、下村さんや高梨家、綿貫さんが法の罰や社会的な制裁を受けそうであれば、私と西野が全力で守ることをお約束します」
「私は約束するなんて言ってませんけどぉ!?」
「あと困ったことがあれば、いつでもこの番号にご連絡ください」
「おい、話を勝手に進めんな! それ私の番号じゃねーか! ジジィ!」
名刺を受け取る。
へえ、黒須さん。結構話がわかる人じゃない。意外だわ。
信用しても大丈夫かしら?
西野さんは……ふふ、これが素なのね。キライじゃない。
「あ、あの……夏子さん? いいんでしょうか……?」
「いいのよ。あなたは守られるべき存在なの。それに、私はあなたがとても気に入ってるの。頼ってほしいわ。この家も瑠華と一緒に自由に使っちゃいなさい」
「……はい……。ありがとうございます。本当に、ありがとうございます……」
ボロボロと涙を流す真詩緒ちゃんだけど、今は笑顔になっている。
そうそう、泣いていたらせっかくの美人が台無しよ。
「やった! 真詩緒! これからは一緒だよ!」
「うん、ありがとう……瑠華」
抱き合う二人。
この二人は、私が守るんだから!
「黒須さん……。私、知りませんよ……」
「ははは、やだな〜聖ちゃん。怒られるときは一緒だよ?」
「ジジィ……」




