19.監視の監視
どうも、カラスです。
いや、名無しのカラス改め、クロです。
名前を付けてもらって以降、なんか調子がいい。
拓海もなんだかわたしに対して優しくなってない?
アパートの部屋に住めないのには不満があるが、そこは譲歩しよう。
寝床となる木も、いくつか確保したし。
拠点は次の2つ。
本宅として、拓海のアパート近くにある公園の大木。
眺めは最高。拓海のアパートも丸見え。
別宅には、瑠華と真詩緒のいる高梨の家近くの神社にある木を選んだ。
こちらも、きちんと高梨の家を監視できる。
抜かりなし。
それから、わたしが文字を読むことができると分かった拓海が、連絡用のメッセージボートをアパートのベランダに置いてくれた。拓海がわたしに用事があるときは、メモを貼り付ける。なかなかに良いアイデアだな。
特に用事がないときでも「おはよう。行ってきます」というメモが残っている。
悪い気はしない。
ということで、平日は朝に1回、休日は朝と晩の2回、メモを確認しに行くことにした。もちろん、なるべく近隣住民に目撃されないように注意は払ってる。
わたしから用事があるときにはどうするかって?
そうだな。キラキラ光るものでも置くことにしよう。小さな拓海はそれで喜んでいたからな。気づくに違いない。
今朝も本宅の木から、拓海がアパートを出るのを確認。駅の改札を通るまで、こっそりと尾行して見送る。
改札の奥に消える寸前、拓海がチラリと視線をこちらに向ける。
さては尾行に気づいたか?
うむ、うむ。
と思ったら、そのままあちこちに視線を彷徨わせている。周囲にいるカラスたちを順に目で追っている。
……拓海め、わたしの見分けがついていないな?
感じろ。感じ取れ。お前にはセンサーがないのか。
ガッカリだぞ。本当にガッカリだ。
いいや、真詩緒の監視に行くか。
別宅、イン。
今日も神社境内の木陰から、真詩緒の監視スタートである。
すっかり慣れた、拓海のアパートと高梨の家の往復ルート。そもそも食事要らず、睡眠要らずのこの身体に数キロメートルの移動など、何の苦労もない。
とはいえ、旨いものは食いたい。寝たいときは寝たい。これができる身体をくれた神様に感謝しかない。神様がくれたのかどうかは知らんけど。
別宅を決めるまで、わたしの監視場所は高梨家の前の電線だった。しかし、さすがに家の目の前過ぎた。二階の瑠華の部屋とは目と鼻の先だったし、玄関を出てすぐ上の場所だ。
一昨日、庭掃除をしていた真詩緒がこちらを怪訝な顔で見た。気のせいかと思ったが、事あるごとに真詩緒と目が合う。間違いなくわたしを気にしていた。まさか逆に監視されていたとは。
真詩緒の〝気配〟が無いだけに、見られていることに気づけなかった。これはマズイと思い、急いで探したのがこの別宅だ。
真詩緒が敵か味方かわからない以上、監視がバレるのは得策ではない。わたしや拓海に対する危険要素は、極力排除せねばならない。
となると、なるべく真詩緒からは目を離すべきではない。しかし、四六時中張り付くわけにもいかない。身体はひとつだし。拓海の様子だって見なくてはならないし。街や人の観察もしたい。溢れる好奇心は止まらない。
私にも色々と都合があるのだ。決して遊んでいるわけではない。決して。
でも、昨日はちょっと焦った。
昨日、監視を開始してすぐに、瑠華が血相を変えて玄関から飛び出してきた。パジャマ姿のまま近所を走り回り、誰か——まあ、真詩緒しかいないけど——を探していた。
瑠華の手から紙クズが落ちたのが見えたので、地面に降りてこっそりと中身を確認した。それは手書きのメモで、『散歩に出かけてきます。真詩緒』と書かれていた。
一瞬、真詩緒の逃亡説が頭を過ぎりと、ちょっと血の気が引いた思いがしたね。
何せ彼女が姿を眩ませたら、見つけることは困難だから。
結局、真詩緒はすぐに帰ってきた。なぜか初めて見たとき同じ制服姿だった。しかも、朝っぱらから景気の悪い浮かない顔をしていたように思う。
瑠華が額に汗して戻ってきたときには、真詩緒は既に着替えも終えてリビングで茶を啜っていた。瑠華は顔を引き攣らせ、そのまま自分の部屋に戻り不貞寝。ワケもわからず目をパチクリさせる真詩緒。文句を言おうにも「真詩緒が心配で探しに言った」とは照れ臭くて言えなかったんだろうな。
ん? あれは……?
家の門扉の前で中年の女性が一人、立っている。
食料品をいっぱいに詰めたレジ袋を両手にぶら下げている。
40歳過ぎくらい? パンツルックのカジュアルな服装で、髪を後ろでひとつに結んだ小柄な女性。顔は見えないが、背中にはなぜか緊張感が漂っている。
彼女はインターホンに手を伸ばした。が、すぐにその手を引っ込める。
何してんだろう。
すると、彼女は肩で息をひとつ付き、そのまま門扉を開けて庭に入る。
玄関扉の前に立つと、肩掛けの鞄の中から鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
鍵、持ってたんかーい。
彼女は扉の内側へ姿を消した。
瑠華の母親?
もしかすると、近所に住んでるという瑠華の叔母さんか?
それとは別に、気になることがひとつ。
少し離れた場所から、高梨家の様子を伺うように物陰に身を隠す2つの人影——
その様子を近くで伺うために、彼らの頭上の電線に移動。
中年の男と若い女の二人組で、共にスーツ姿だ。
男のスーツは、本人と同様に大分草臥れているけども。
「黒須さん、車で来た方が良かったんじゃないですか? 私たち、明らかに怪しいですよね?」
「それは言わないで、聖ちゃん。俺も今そう思ってたところ。住所が近かったからさ……」
「……さっきの女性、家の人間ですかね?」
「鍵を持ってたからねえ」
やはり見張っているは高梨の家か。狙いは瑠華? 真詩緒?
「それにしても、高梨瑠華というのは何者ですかね?」
瑠華の方か。
「さあねえ。彼女だけじゃない。昨日の署内の防犯カメラに映ってた少女。誰も覚えていないなんてこと、ある? それと、聖ちゃんの手帳に残されたメモ。聖ちゃんの筆跡なのに、聖ちゃんは書いた覚えがないって言うんだから」
「はい……。正直、怖いんですけど。心霊現象としか思えない……」
「あらら〜、聖ちゃんにも苦手なものがあったんだ。可愛いトコあるじゃない」
「くっ、私だってダメなものくらいあります!」
「俺はそんなもの信じてないから。だからこそ今の状況の説明がつかなくてね。参ったなあ」
「絶対に、お化けですって! 嗚呼……ヤダヤダ!」
お化け? 何の話?
「いや、それにしても、君の手帳に書かれた『高梨瑠華』が実在しているなんてね……」
黒須と呼ばれた男は、女性のものらしき手帳を広げて呟く。
その後、ほい、と手帳を聖ちゃんに返そうとするとが、彼女はそれを拒絶した。
「ひっ……さ、触りたくないので、持っててください!」
思わぬ相棒の弱点の発見に、黒須がニヤッと笑う。
「彼女、記録によると家庭に問題があるようだね。ただ、この1年くらいの報告は上がってないようだけど……」
「きっと警察がロクな対応をしなくて、愛想を尽かされたんですよ」
「身内に厳しいねえ〜。まあ、そこは俺も否定しないけどね」
警察は、瑠華の家庭事情をある程度は把握しているわけだ。
「で、あのカメラに映った〝幽霊女子高生〟は、高梨瑠華とどんな関係なんだろうねえ。すごいよねー。あんな明るい時間にはっきり映る幽霊」
「ややや、やめてください。あの映像を思い出して昨日は眠れなかったんです!」
「俺には本物の女子高生にしか見えなかったけどね。だって、映像の中で受付の田中さんとしゃべってたじゃない」
「その田中さんが、何も覚えていないと言っているんです!」
「うーん……。俺は〝お化け〟説よりも、催眠術とか手品の類を疑うけどね」
「催眠術は信じるんですか?」
「いや? 信じてないよ。まあ、お化けよりは可能性があるんじゃない?」
「くっ、楽天ジジィ……」
幽霊女子高生? もしかして……
「とにかく、こんな状況じゃ上に報告も上げられないし。当分は俺たちだけで調べるしかないねえ」
「ええ。幽霊とかお化けとか……笑われるどころか、強制的に休みを取らされ兼ねません」
「……それも悪かねえな」
「黒須さん?」
「……ところで聖ちゃん」
「なんです?」
「このメモの『綿貫真詩緒』って、誰だっけ?」
「は?」
黒須が指でチョンチョンと示したメモの場所を、聖ちゃんが遠慮気味に覗き込む。
「……綿貫……真詩緒? こんな名前、書いてありましたっけ? あれ?」
「調べてない?」
「黒須さんこそ」
「「…………」」
「記憶喪失って書いてあるね……」
「私がそんなバカなメモを取っていたと?」
「高梨瑠華に世話になったという本人か……。あれ? どういうこと? 歳のせいかな? 前後関係がわかんなくなっちゃった」
「はあ? って、そうですね……その人の供述内容で、ここにきているわけで……」
「「幽霊女子高生……?」」




