↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
17/27

17.思考の競合

「クロ、ですか?」

「うん、名前はクロにした」


 週明け月曜の昼。急ぎの仕事もないので、祐介に声をかけ一緒に昼メシを食いに出かける。原田さんにも「カラスの名前のお披露目と経過報告」とメールで趣旨を伝えたら、速攻で「参加します」と返信がきた。


「ベタですねー」

「私は可愛いと思いますー」


 ナポリタンのソースを口の周りにつけながら、祐介がネーミングに難癖を付けてくる。原田さんは肯定的だ。

 俺たちは、ランチ軽食を提供する喫茶店に来ている。ここのナポリタンは味だけでなく、そのボリュームでも有名。食後はそのまま飲み物を注文してゆっくりできるので、お気に入りの店のひとつだ。その分、早めに来ないとすぐに満席になってしまうけど。ちなみに、原田さんはグラタンを食べている。ナポリタンの量は彼女には多過ぎるらしい。


「いいんだよ、6歳児だった俺が付けたんだから」

「ん? どういうことです?」


 俺の言葉に、祐介も原田さんもキョトンとしている。


 俺はクロにまつわる話をひと通り二人に話すことにした——





「ク、クロォォーー」


 クロの悲しい最後に、祐介が涙と鼻水で顔を濡らし泣いている。口の周りのソースも相まって、見るに耐えん。感動してくれるのはありがたいが、そのアホ(づら)のせいで、俺の素敵な思い出が安いドラマに格下げされた気が……。胸がちょっとモヤッとする。


「本条さん、食事中にそんな切ない悲話は不意打ちですよぉ……」


 胸を押さえて深く息をついた原田さんも、心なしか瞳が潤んでいる気がする。

 幸い店は混み合っているので、俺たちの騒ぎを気にする客はいない。


「あ、ゴメン。そんなつもりはなかったんだけど……。ナポリタン、冷めちゃったな」


 俺も夢中になってしゃべってたみたい。

 すっかり冷めたナポリタンに食い付く。

 冷めても美味いな。


「こんなのもう、クロの生まれ変わり決定じゃないっすか!」


 泣くか食うか、どっちかにしてくれ。


「それがさ、クロに確認したんだけど……どうも要領を得ないというか、はっきりしないというか……。クロ自身も首を捻って悩んでいる感じ」


 俺は生まれ変わりだと信じているけどね。


「名前付けてからさ、前よりも懐いた感じで、可愛いんだよね」


 ちょっと自慢。


「う、羨ましいですっ」

「うわー、拓海さんのボッチがますます加速するー」

「祐介くん、少し黙ろうか」

「いたたっ、ゴメンなさい!」


 コメカミグリグリの刑に処す。


「それともうひとつ、クロの凄い能力が判明したんだけど——」

「なんです?」


「あいつ、文字が読める」


しばしの沈黙。


「ええ? マジっすか!」

「すごい!」


 仰天だよね。俺もビビった。

 原田さん、口を両手で押さえて目を輝かせている。案外感情豊かだな。


「最初は、数字くらいは分かるかなぁ、という軽い気持ちだったんだよ。トランプを見せて遊んでたら……なんか理解している感じじゃん? それで、スマホ画面見せて色々と確認したら……文字を完全に理解していた」


 週末、クロがアパートのベランダに顔を出した。

 近所から見えないようにこっそりと……部屋の中に入れてしまった。

 命の恩人かもしれないカラスとの再会に感情が押さえ切れなくて、つい、ね。

 ごめんなさい、大家さん。今回限りにするから。


「ひらがな、カタカナ、漢字、アルファベット、全部OK」

「「……ッ!!」」


 二人とも声にならない様子で、打ち震えている。もしかすると、理解を超えたものへの怯え(・・)のような感情も含まれているかもしれない。


「おかげで、クロと連絡を取るのが楽になった。ウチのベランダに用意した掲示板に、メモを貼り付けておけばいいからね」


 あとはクロからの連絡方法を考えないと。


 食事を済ませた俺たちは、空いた皿を下げてもらい、食後のドリンクを注文する。祐介と原田さんは、この店の名物、バナナジュース。俺はいつものホットコーヒーを頼む。


「拓海さん……。これは、洒落になっていないというか……相当にヤバい案件というか……」

「そうですね、ただ事ではないことはわかります」


 店内は混雑のピークを越えて落ち着いてきたので、会話の声量を抑える。


「二人は分かっていると思うし、俺も心配はしていないんだけど……

 クロについては、SNSとかテレビ局とか、世間に公表するのはNGということでよろしくね」

「はい、わかっています。知れ渡ったらクロちゃんの身の安全に関わりますから」

「もちろんですって。そもそも生成AIが猛威を振るう時代に、写真や動画をSNSにアップしたってフェイクだと思われるだけですよ。先日の拓海さんの動画もですけど……ぷくく……」


 思い出して笑うんじゃないよ。


「やっぱり拓海さんの不思議体験——特に〝神託〟は、本物(・・)っぽいですね……」

「うん。全部つながっていそうだな」


 芽生えた〝幹〟……ね。


「クロちゃんは、本当に特別なカラスだったんですね。……私が積み上げてきた常識は、この数日で一気に崩れ落ちました……」

「なんだか巻き込んじゃってゴメンね、原田さん」

「いえ、むしろ貴重な体験に感謝しています」


 あ、ふんわり笑顔に戻った。立て直しが早い。


「ということは、クロが〝幹〟ってことなんすかね?」


 少し前に身を乗り出し、さらに小声になる祐介。


「どうだろう。俺は違う気がするんだよね。

 与えられた〝目〟って、きっと見えざる(・・・・)ものが(・・・)見える(・・・)、ってことだろ? クロは祐介にも原田さんにも見えているわけだし」


 そうなんだよなあ。〝人が光る〟件も、霊っぽいものが見える件も、今は棚上げ状態。あれ以来、何も見えないんだから検証のしようもない。


「もう一度、〝交通事故〟から考え直さないとダメかもしれないなあ」


「はい?」

「?」


 目をパチクリと瞬かせる祐介と原田さん。


 あれ?

 なんか、二人の周囲の空気が……揺れている?

 蜃気楼みたいというか、陽炎みたいというか……。

 祐介と原田さんだけが、それ(・・)に包まれている。

 ブレてる、よね……。


 じっと見ていると、徐々にブレが弱まり……

 あ、元に戻った。


「拓海さん?」

「あの……本条さん?」

「ん? な、何?」


 気がつくと、二人が間の抜けた顔でこっちを見ている。


「今、交通事故って言いました?」

「あ、うん、そうそう。交通事故から考え直さないと、てね」

「交通事故って、何のことでしょうか?」


 え?


「「「…………」」」


「いや、だから、あの日の交通事故がすべての始まりだって——」

「あの日、ですか?」

「本条さん? それはいったい何の話でしょうか?」


 やたら心配そうに見てくる二人。

 いやいや、ヘンなのはそっちだぞ。


「待って。二人とも忘れた? みんなで推理したよね?

 あの日、交通事故によって〝幹〟が生まれたんじゃないかって。

 すべての始まりは交通事故にあるんじゃないかって」


「「…………」」


 おいおい。二人ともフリーズかよ。


「俺が見た〝幽霊夫婦〟だって、事故の犠牲者だったんじゃないかって」


「「…………」」


 あれ? 冗談じゃなく本当にフリーズしてる?

 思考の競合(・・)でも発生したみたいな……。


 祐介の顔の前でパチンと手を叩き、原田さんの眼前で「おーい」と手を振る。

 ハッとする二人。


 あ……。


 なんか今、一瞬だけ二人を覆う空間がまた歪んだような……。

 気のせい、と思いたい……。


「……あれ? そういえば、事故……ありましたね……」

「……交通事故。たしかに……。私は、いったい……」


 祐介と原田さんが無事に帰ってきたよー。

 よかった……。


 しかし、二人とも目に見えて動揺している。

 俺もどうしようかと焦った。


 祐介はずっと首を捻っている。

 原田さんは「どうして……」とか呟きながら、考えて込んでいる。


「交通事故、思い出した?」

「はい。多分……」

「大丈夫です。思い出せました」


 その後、俺は二人が思い出した〝交通事故〟の情報に過不足がないか、確認した。

 結果は、問題なし。ちゃんと全部思い出していた。


 しかし、それから店を出るまで、俺たちに会話はほとんどなかった。

 祐介も原田さんも、気づいているはずだ。

 これには、超自然的な何か(・・・・・・・)が関与していることを。

 自分たちが、完全にそれ(・・)に巻き込まれていることを。


 さすがに俺も今回は気づいた。

 見えた〝変なモノ〟に。


 俺の〝目〟でしか認識できない空間の歪み。

 これが二人の異常に関係していないわけがない。


 そのことを伝えると、二人の表情は一層真剣なものになる。

 特に原田さんの顔には、不安と苦悩の色が強く伺える。


「本条さん、森川くん。私は買い物を済ませてから会社に戻るので、先に行って下さい」

「あ、ああ。わかった。それじゃ」

「またね、美咲ちゃん」


 会社に戻る道中、俺と祐介は一言も言葉を交わせなかった。




 一体、何が起こっている?


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。