↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
14/24

14.名付け

「本条さん、森川くんから聞きましたよ?」


 夕方の会社。

 廊下で偶然鉢合わせた原田さんが、すり寄ってきて耳元で囁いた。


「え? な、何を?」

「あのカラスちゃんが本条さんのおウチにまで遊びに来たって!」

「あ、ああ……それね」


 武蔵天川で交通事故が発生したあの(・・)日から4日。カラスは毎日ウチに来ている。というか、もはやベランダに住んでいる。昼間どこに行っているかは知らないが、夜になると戻ってくる。まだ近所の住民には気づかれていないが、このままでは時間の問題か……。


「え? あれから毎日ですかっ? 

 う、羨ましいです〜! ホントに懐いているんですねぇ。

 私、子供の頃から動物に好かれる人が憧れなんです」


 動物って……カラスだよ?


 安定のふんわり笑顔の原田さん。でも俺にはその笑顔が作り物の仮面に見えちゃう。ただ、以前よりその仮面が少し薄くなった気はする。勝手に色眼鏡で見ていただけなのかも。そもそも会話する機会もなかったわけだし。

 

 それが今、彼女の方から声を掛けてくれている。

 そのせいなのか。廊下を通る社員たちの好奇な視線が……刺さる。ものすごく落ち着かない。どの目も「なんでお前が原田さんと?」と言っている。やはりモブはヒロインに近づくものではない。


 祐介よ、彼女に堂々と好意を示せるお前は凄い。勇者認定する。


「本条さん?」

「あ、ゴメン。ちょっと考え事を……。カラスに名前があった方が色々と都合がいいかな〜、なんてね。ははは」


 誤魔化した。


「そうですねぇ。名前があると、呼ぶときに困らないですね」

「でも名前付けて変に懐かれても、それはそれで困るんだよね。たしかカラスって基本は飼っちゃダメでしょ? 鳥獣保護法とかいう奴?」

「ああ、たしかに……聞いたことがあります」


 そう、特例もあるらしいが、カラスを飼うことはできない。

 昨夜ネットで調べたらそういうことらしい。「積極的に追い払え」とのこと。


 いくらカラス(あいつ)が言葉を理解していても、人間の都合を理解できるかは不明。コミュニケーションが成立するだけに、かえって面倒なこともある。


 正直、もうすでに情が湧いている。

 ちょっと可愛いとか思っていたりする。

 だって毎日来るんだもん……。


 俺、自分が思っていたより寂しい男(・・・・)だったのかも。

 カラスに安らぎを求めるなんて。いかん、いかん。


「公園とか、公共の空間で偶然(・・)会ってしまう分には問題なさそうですけど……。そういう風にお願いしたら、カラスちゃんも理解してくれないでしょうか?」

「そうだね。そう説得してみるよ」

「うふふ。なんかヘンな話をしていますね、私たち」

「ははは。確かにね」


 あ、廊下の奥から石見さんが凄い目でこっちを睨んでいる。

 その目の意味は何だろうか。あなたは妻帯者でしょ。


「カラスちゃんの名前が決まったら、教えてください。

 私もまた会いたいです。もしご一緒して良ければ、たまに誘って下さい。絶対ですよ?」


 上目遣いで、ふふふ、と微笑む原田さん。

 まぶしー。

 しかし、社交辞令は真に受けないと決めている。

 ……社交辞令だよね?


「では、私はこれで帰ります。お疲れ様でした」

「お疲れ様」


 エレベーターに乗ってペコリと頭を下げる原田さんを見送って、自分のデスクに戻る。


「本条、いつの間に原田さんと仲良くなったんだよ」


 石見さん、やっぱり来た……。


「先日、一緒に飲む機会があったんですよ」

「へ、へえ……。どういう趣旨の飲み会だったの?」


 それを聞いてどうするの。


「たまたまですよ。偶然というか、成り行き上そうなりまして」

「へえ……」


 そこは「俺も行きたかったー」とか言ってくださーい。

 そうしたらいくらでもイジってあげられるのに!


「本条、気をつけろよ。何と言っても彼女は——

 っと……ゴホン。まあ、程々にな」


 いそいそと自分のデスクに戻っていく石見。


 原田さんが、何?


「拓海さん、美咲ちゃんと何かあったんですか?」


 隣の席にいた祐介が聞いてくる。


「うん、ちょうど帰るところをエレベーターの前で会った」

「なんてラッキーなんですかぁ! く〜、羨ましい〜」


 そうそう、こういう素直さが可愛い——いや、社内の風紀的にはこれはこれで問題なのだろうか。だいたい石見さんも、俺に茶々入れるヒマがあったら、祐介の方に行けばいいのに。それは完全スルーだよね。


 祐介には()が無いとか思ってんの?

 祐介、俺はある(・・)と思っているぞ。がんばれ。


「え? カラスの名前ですか?」

「悩み中。でも名前とか付けちゃうとそれはそれでね……」


 さっきの原田さんとの会話の内容を祐介に伝えた。


「来ちゃうものはしょーがなくないっすか?」


 祐介がもっともな意見を言う。


「そうなんだけどさ。第一、追い払えって言われてもできると思う?」

「あー、拓海さんは無理っぽい。あのカラス、何かワケありな感じだし」

「説得できるかなあ……」

「うまく外で会えそうなら、俺と美咲ちゃんを誘って下さいね! カラスの説得、マジがんばってください!」


 お気楽でいいね……。





「というわけで、お前はここで寝泊まりしちゃダメなんだ」

「クァ?」


 帰宅後、ベランダに出てカラスに事情を説明した。固まるカラス。その目は「何を言っているの?」と問い掛けている。


 やめて。そんな目で見ないで。


 カラスはゆっくりと左右を確認した。


 誰もいないよ。


 こちらを見て首を傾げるカラス。


「お前に言ったんだよ……」


 カラスはショックだったのか、嘴が半開きになったまましばし放心状態。その後、ギクシャクと動き出し震える足でクッションの上に乗ると、「月が綺麗ですね」とでも言いたげに遠い夜空をを見上げた。


「……無かったことにはならないよ」


 俺の声にビクッとなっている。


 俺だって、こんなことは言いたくないよ……。


「今日は居ていいから。それに、来ちゃダメとは言ってないよ。周囲から『飼っている』と思われることがダメなんだから。むしろ、たまには遊びに来てくれよ。俺も寂しいからさ」


 こちらを向いたカラスは、何かを決心したように大きく頷いた。


「おー、わかってくれたのか。ありがとう」

「クァ」

「外で会うのは問題ないぞ。さすがに近所だとマズイけど。あ、そうそう、祐介と原田さんは覚えている?」

「クァ」

「あいつらがお前に会いたがっているから、今度会ってくれよな」


「……クァ」


 その()は、何?


「ところで、お前に名前を付けてもいい? 呼び方が『お前』だけじゃちょっとね」


 カラスは首を伸ばし、キョトンとした目をする。少し考える仕草をした後、首を縦に振った。


「おー、いいの? ところでお前って、オス? それともメス?」


 首を左右に傾げるカラス。

 自分で分からんのかーい。


「……ってことは、『カー助』とか『カー子』はダメだな……」


 なんかカラスが凄い抗議してきた。

 痛い! (つつ)くのはやめて。


「じゃあ、ベタだけど……『クロ』とか——」


 その瞬間、記憶が蘇る。

 鍵の掛かった箱の蓋が開いて、仕舞われていた大切なモノが一気に吹き出すように——



 懐かしい実家周辺の風景。

 隣りの畑の一角に、資材などを置くためのちょっとしたスペースがあった。

 幼稚園に通っていた頃だろうか、俺はここでよく一人で遊んでいた。


 その俺の目の前に、一羽のカラスがいる。

 どこかから咥えてきた、色とりどりのガラスや金属片、ビーズや硬貨などを、地面に並べるカラス。

 どうやら俺へのプレゼントらしい。いつもそうしてくれる。

 俺もすごく嬉しかった。

 近所には年の近い子供がいなかったし、年の離れた姉は学校の部活で帰りはいつも遅い。一人で遊ぶことが当たり前の俺には、カラスが友だちだったのだ。


 〝クロ〟——



 そうだ。クロだ。


 なぜ、今まで忘れていた?


 あんなに好きだったのに——



 クロと遊んだいくつもの記憶が、次々と蘇る。


「お前……クロ、なのか……?」



 バサッ——



 クロは、夜の闇に消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。