13.押しかけカラス(カラス視点)
どうも、カラスです。
店から出てきた拓海の肩に思わずランディング。不可抗力なので許して欲しい。
その後、祐介と美咲が目をキラッキラに輝かせて迫ってきたので、仕方なく相手してやったのはいいが……質問攻めにもほどがある。ウザいのでその場から逃げちゃった。
わたしは〝拓海センサー〟でいつでもストーキング可能だからな。あとで拓海のねぐらにこっそり行けばいいのだ。
と思っていたら、拓海、まさかの電車移動。家から遠い場所で飲んでる可能性を考慮していなかった。盲点。
だが、幸いにもここから数キロメートルの駅で電車を降りた模様。
あぶねー。
カラスってどれくらい移動可能なの?
今度検証してみないとね。
ひとまず拓海が降りた駅——陽円寺駅までのんびり移動。
マイペースで飛ぶと、案外余裕だな。疲れもまったくない。
カラスの標準的な体力は知らないけど、この体、なかなかにハイスペックなのでは?
拓海の位置を探り向かう。辿り着いたのはごく普通のアパート。
二階の角部屋だな。
今夜はこのままこっそりベランダで休ませてもらおう。
えーと、カラスって、どうやって寝るんだ?
まあ、適当でいいか。
…………。
なんか、全然眠くないよね。
寝るって、眠いから寝るの? 夜は眠くなくても寝るの?
まあ、目をつぶってればそのうち眠れるでしょ——
——部屋の中から、アラーム音が漏れ聴こえている。
朝。いい天気だ。
自慢の黒いボディが日を浴びてポカポカだぜー。
案外、ちゃんと寝れたな。
どれ、ひとつ拓海を脅かしてやるか。
その名も「カーテン開けたらこんにちは」作戦!
ベランダの手すりに止まり、そのときを待つ。
拓海が窓に近づく気配!
カーテンが開いた!
閉まった。
……なぜ?
今、たしかに目が合ったよね?
……失礼な奴だ。抗議する。
コンコンコン——
ベランダの床に降り、嘴で窓ガラスを叩く。
…………。
コンコンコンコンコンコン。
……無視か? 無視なのか?
コンコンコンコンコンコン。
コンコンコンコンコンコン。
……ほう、いい度胸だ。
コンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコンコン——
「わかったよ!」
部屋の中から拓海の声がした。
わかればいい。
開いたカーテンから、拓海が苦虫を噛み潰したような顔で睨みつけてきた。
なんだその顔は。文句があるのはこっちなんだが。
すると窓がわずかに開かれ、拓海の鼻と口だけが覗いてきた。
「……あの〜、何の用でしょうか〜……?」
別に用とかはない。
用とかはないが、その対応になんだかイラッとする。
抗議の意味も込めて、空いた窓の隙間に頭をグイグイと押し込む。
「わ、わ、待って、危ないって! ダメだって!」
どうだ、窓を閉めたくても閉められないだろう。
「ストップ、ストーップ!」
眼前に突き出された手のひらが、静止を促す。
頭だけ部屋の中に入った状態で拓海を見上げる。
「お前は俺の言葉が分かるんだよな?」
「クァ」
「悪いがお前を部屋の中に入れることはできない。分かるか?」
首を傾げる。
「このアパートはペット禁止だし、お前は、えっと、その……汚いだろ? なので、ちょっとイヤだ」
グイグイグイグイグイ——
「わー! ゴメンゴメン! やめて! 止まって!」
ふん、ヒトを汚物扱いするからだ。
「外で生きているお前は、そういう存在なんだよっ」
……納得できないが、理解はする。
納得はできんがな。
「それに俺はこれから会社に行くから。部屋に入れられない」
仕方なく頭を引っ込める。
これは戦略的撤退だ。
「悪いね」
そう言って拓海は窓を閉めた。わたしは不貞腐れながら部屋の様子をガラス越しに眺める。別に拓海の出勤前の営みなど見ていて面白くもなんともないのだが、やることがないのでぼけっと観察。すると不意に拓海がテーブルの上のメロンパンの袋を掴んだ。
む! 忘れてた! わたしのメシを要求せねば!
「カァー!」
「な、なに?」
ビクッとなった拓海は、袋を開ける手を止める。
そのパンを寄越せ。
「?」
わたしの念が通じなかったのか、拓海は首を傾げる。そして、再び手に持った袋を開けようとする。
「カァー! カァー!」
わたしの鳴き声に、拓海が慌てて窓を開ける。
「ちょっと! 近所迷惑だから、鳴くのをやめて!」
拓海の手にあるメロンパンを、ジーッと見つめる。
「え? ……これ? ……食べたいの?」
「クァッ、クァッ」
体を揺すり、首を大きく縦に振る。
「……俺の朝メシなんだけど……」
「カァー! カァー!」
「わかったよ! あげるから、騒がないで!」
メロンパンをちょっとだけ千切ろうとする拓海。
バサッ——
「わっ! やめっ、あ……」
翼を広げて近づくわたしに驚いた拓海がメロンパンを落とす。
よし。メロンパンゲット。
「うそだろ……」
ベランダの床でメロンパンを啄み始めたわたしを、拓海は恨めしそうな目で眺めている。
うまい。
正直言うと、腹は減っていない。
不思議なことに、昨日の目覚め以降、一度も空腹を感じていない。
これもスーパーボディの成せる業か。
それでも、食べてみたかったのだらか仕方ない。
大丈夫だ拓海。ちゃんと残さず食べてやるから。
メロンパンを平らげるわたしを呆れ顔で見つめる拓海。
その後、何やら疲れた様子で出掛けて行った。
やはり覇気がない奴だ。
さて、やることがなくなったな。
よし、真詩緒と瑠華の様子を見に行くとしよう。
ちょっと遠いけども、時間はたっぷりある。この体、普通に飛ぶ分には全く疲れないんだよね。どこまでも行けちゃいそう。本当に便利。
それに、よく考えたら排泄もない。
…………。
排泄しないって、そんなことある?
あ、だからお腹も空かないのか。納得。
たぶん、睡眠も不要な気がする。
寝ようと思えば寝れるけど。
……それって生き物じゃなくね?
…………。
薄々そんな気はしてたよね。
わたし、普通じゃないって。
人間の感覚や知識を持っているのも明らかに変だし。
うーん。どうしようか。
でもさ、わたしはわたしだし。
こうやって存在しちゃっているわけだし。
とか考えているうちに、武蔵天川市にある瑠華の家に到着。
よし、答えの出ないことをいつまでも悩んでもしょーがない。
今を生きるのだ。
ということで、瑠華の家の周りを偵察。
中の様子を伺うことができる場所を探す。
二階の一部屋、可愛らしい内装や小物の数々が見える。瑠華の部屋か。本人は確認できず。一階をチェック。どの部屋もカーテンが閉まっている。レースっぽい生地だけど遮光タイプなのか、中はよく見えない。
あ、カーテンが揺れた。
ちらっと、食事中の真詩緒と瑠華が確認できた。真詩緒は瑠華に服を借りたようでスウェットの上下。二人は笑顔だ。とはいえ真詩緒の笑顔はどこかぎこちない。瑠華は本当に楽しそうだ。
それにしても、真詩緒という存在は謎だな。
気を抜けば、今この瞬間も瑠華が一人でしゃべっているように見えてしまう。
記憶喪失っていうのも、昨日の様子からは嘘をついている感じはしない。
わたしと同じ日に、わたしと同じまちで、共に記憶を失った状態で目覚める。
偶然ってことはないよなあ。
ま、わたしはカラスとして目覚めたわけだが。
仲間? それとも敵?
わたしの本能は、そんな真詩緒を存在しないものとして扱おうとする。
拒絶なのか、警鐘なのか……。うーん。
その後、日が暮れるまで観察したけど、とうとう彼女らが外出することはなかった。
仕方ない、帰るか。
アパートのベランダまで戻り、拓海の帰宅を待つ。
拓海は帰ってくるとすぐにベランダの窓を開けた。
おかえりの挨拶をしてやる。
「クァ」
「お、おう」
その後、拓海はクッションを私に差し出してきた。
「これ、使っていいから」
何に?
あ、寝床ってこと?
ちょっと待て。それなら部屋に入れてくれても良くない?
優しさの間口を、もう少し広げてもいいと思う。
まあ、好意はありがたく受け取っておこう。
クッションの上に移動する。
ちょっと、こう、安定しないかも……。
そのうち慣れるかな。
すると、拓海がどこかで買ってきた惣菜を差し出してきた。
ほう。
腹は減ってないんだがな。
まあ、その意気や良し。うむうむ。
ありがたく頂戴しておこう。
うまい。
「おやすみ」
そう言って窓を閉める拓海。どこか安心した顔をしていた。
おやすみ。
良い夢見ろよ。




