11.それぞれの居場所
「——ッツゥ〜、染みるー」
今、真詩緒と瑠華がいるのは武蔵天川駅の南側の〝ミルキーウェイ〟とは駅を挟んで反対側にある公園。
この都市近郊型の総合公園は、グラウンドやテニスコートなどのスポーツ施設も併設され、市民や近隣住民の憩いやレクリエーションの場として広く利用されている。駅の南側はこの公園を中心に、緑に囲まれた閑静な住宅街が広がっていて、北側の開発の進んだ商業エリアとは対照的だ。
そんな人影も疎らな夜の公園。入口近くの公衆トイレの手洗い場で、擦り剥いた肘を水で流す瑠華が、染みる傷口を押さえ痛みに声を上げていた。
どうも、カラスです。
昨今の若者としてはあまりに堅い自己紹介を交わした真詩緒と瑠華。わたしはその後の二人を尾行中である。
「あ、ハンカチもティッシュも持ってないや。へへ」
ぶんぶんと腕を振って水を切る瑠華。
女子力ってなんだろう。
「ごめんなさい、私、荷物も何もなくて……。薬局で消毒とか買えればよかったんだけど、財布も持っていなくて……」
隣りでシュンとする真詩緒。
「あー、いいの、いいの。こんなの放っておきゃ治るから」
「あの、瑠華さん」
「瑠華でいいって。わたしも真詩緒って呼ぶから」
「あ、えーと、瑠華、ちゃん?」
「真面目だな〜。ま、いいけど」
「今日、本当に瑠華ちゃん……の家にお世話になっていいんですか?」
「だから、いいって言ってんじゃん。今、親いないからさ」
「でも、見ず知らずの……こんなどこの馬の骨ともわからない私を……」
「ぶはっ! 馬の骨! 古っ! ぎゃはは、まさかそんな真顔でボケてくるとは!」
「え? 変でしょうか……?」
「ぎゃはは、え? ……マジ?」
「…………」
顔を赤くして俯く真詩緒。
うん、わたしもどこがボケなのか分からんかった。
わたし、もしかして年齢高めだったのかな。
「ぎゃはははははは、マジウケる! 真詩緒、あんたサイコー! そもそもさ、真詩緒お金持ってないんでしょ? それに何も覚えてない……あ、ゴメン……」
「いえ、気にしないで」
気まずい顔で謝る瑠華に、真詩緒は笑顔で首を振る。
「真詩緒、あんた美人だし、夜道の一人歩きは絶対にヤバいって。それに制服姿でウロついてたら補導される……って、あれ? 警察に保護してもらった方がいいのか……?」
むむむ、と眉間にシワを寄せて考え込む瑠華。
まー、そうだよね。
でも、警察の手に余る存在な気がする。勘だけど。
「でも警察は絶対にダメ! 信用できない! アタシは、真詩緒にウチに来て欲しい! もう夜だし、お風呂とかだって入りたいでしょ? それに……一緒に寝れば、その、安心するかもしれないし……」
最後の方は顔が赤くなっている。
「ありがとう、瑠華ちゃん」
「いいの、これはアタシのワガママなんだから!」
ツンデレか。
「じゃあ、一晩だけ、お世話になるね」
「別にずっといたっていいし」
「まさか。ご両親だってそんなの絶対に許さないよ」
「……いないから」
「え?」
「ウチ、親、いないって言ったじゃん」
「え? それは今日だけという意味だと……あ、あの、ごめんなさいっ」
「あー、違う違う。生きてっから。死んでない、死んでない」
パタパタと手を左右に振る瑠華に、真詩緒は混乱している。
「出て行っちゃったんだよね。パパもママも。あはは……。パパが浮気して、ママが激オコで、そのうちパパは帰ってこなくなっちゃった。そしたらさ、ママが壊れて、愛人作って、いなくなっちゃったんだよね。サイテーでしょ?」
おう、なかなかにハードだな。
「一人娘のアタシを放ったらかしでさ。死ねってこと? ウケる。もう笑うしかないよね。はは」
「瑠華ちゃん……」
「あー、ゴメンゴメン! 気にしないで。今はもう慣れたし、全然平気。金だってさ、パパが口座に毎月入金してくれてっから。後ろめた過ぎかよ。合わす顔がないみたい。おかげでアタシ結構金持ち。むしろラッキーじゃね? あいつママがいないことも知らねーかも。だって教えてねーし。死ねって感じ」
ずっと内容が痛いままです。
掛ける言葉が見つからず、棒立ちで話を聞き続ける真詩緒。
そうだね、反応に困るよね、ご愁傷さま。
「そうだ、もうさ、ウチに住んじゃいなよ! ずっと! おお、それナイスアイデア! ね、そうしよ、真詩緒!」
「ちょっと待って! 落ち着いて。さすがにそれは……」
「アタシがイイって言ったらイイ! どうせ住んでんの、アタシだけなんだから。仮に親が何か言ってきても、子供見捨てた奴に文句言う資格無し! いないけど! ぎゃはは」
笑えない……。
「ああ、でも、ママのお姉ちゃんが近所に住んでてさ、アタシの叔母さん? すげーお節介で口うるさいんだけど……。たぶんあのヒトなら大丈夫。むしろ真詩緒の味方になってくれると思う」
話が勝手にどんどん進む。
真詩緒がついて行けてないぞ。
「まあ、アタシのことはさすがに見限ってるか。ヒドイこと言っちゃったから……」
小さな声でそう呟いた瑠華の瞳に、影が落ちる。
悲しそうで悔しそうで、それでいてどこか優しい、憂いの目。
「——とにかくウチに行こう! こっから歩いて10分くらいだから」
真詩緒の手を握り、ぐいっと引っ張って歩き出す瑠華。
「ちょ、瑠華ちゃん?」
真詩緒、諦めろ。
しかし、真詩緒のねぐらが判明するのは朗報だ。
家の場所だけ確認してから、拓海のところに戻るか。
瑠華の家は、こぢんまりしているけど、きれいな一軒家だった。
玄関に二人が入っていくのを確認してから、急いで拓海のところへ向かう。
結構遠くまで来てしまったな。
さて、拓海の様子は、と。
〝拓海センサー〟!
……よし、まだ同じ店にいるな。
ん?
動く気配あり。
急ごう。
——ダイニングバー「止り木」が見えてきた。
全速力で飛ばしてきたぜ。めっちゃ疲れた。
っていうか、限界かも。
「拓海さん! ご馳走様です!」
「あの、本当に私までご馳走になってしまっていいんですかぁ?」
「もちろん、全然オッケー。今日はありがとね。話を聞いてもらえて本当に助かった」
「ふふ、ではお言葉に甘えて。ご馳走様です。私もとても楽しかったです」
「絶対に次回開催希望! ね、拓海さん? 美咲ちゃんもいい?」
「うふふ」
「奢らないぞ」
笑顔で語り合う三人だが、拓海の声が真剣なそれに変わる。
「——で、だ。さっきも言ったけど、今日の話は酒の肴ってことで持ち帰ってもらいたいけど……。もし、新たに何か分かった場合、その話って聞きたい?」
「当たり前ですって! こんな面白い話、俺初めてっすよ」
「私も是非。このまちに関わることですから」
「うん、了解」
拓海はホッと胸をなで下ろした。
「あ、拓海さん。ホントは霊が怖くて、一人で抱えたくないんですよね? うひひ」
「わー、やめてくれ。考えないようにしてたのにぃ。正直、これから一人で帰るのも怖いん——」
バサバサバサーッ——
「「わあ!」」
「きゃあ!」
いやー、もう限界だったわ。
これ以上は飛べない。
あ、どうも。お邪魔します。
〝拓海センサー〟で飛んできた勢いで、そのまま目標に突っ込んだ結果——
拓海の肩にランディングしました。
「なになになに!? うわ! カラス! うわ! あっち行け!」
「カラスだ! すげー!」
「ちょっと森川くん!? 今はそんな——」
あー、うるさい。
分かった分かった。
しょーがないから、少し離れた地面に移動。
「拓海さん……このカラスって……まさか、あの動画の? すげーっ」
興味津々な様子で祐介が近寄る。
近いぞ、祐介。突くぞ。
「知らん! 俺は知らん!」
「森川くん! 危ないよ!」
ふふ、拓海。夕方と同じ腰の引け方じゃないか。ビビリで困るな。
美咲が腕にしがみついているぞ。良かったな。
って、お前は別に美咲狙いじゃなかったか。
「このカラス、きっとそうですよね——って、美咲ちゃん!? なんで拓海さんにしがみついてんの!?」
「あ! ゴメンなさい!」
パッと慌てて腕を離した美咲。拓海はと言えば、口をパクパクさせながらこっちを凝視している。せっかくのハプニングご褒美に気づいていない。つくづく残念な奴だ。
「お、おま……お前、あのカラス、なの……か?」
こらこら。指を指さない。
あのカラスって、どのカラスだよ。
首を傾げる。
「「「…………」」」
「——ねえ、カラスくん。君は拓海さんのスマホで、俺からの電話に出たカラスくんかな?」
勝手に「くん」とか言うなや。「ちゃん」かも知れんだろ。知らんけど。
それにしても、こいつスゲーな。普通にカラスに喋り掛けてくるぞ。
まあ、その通り。そのカラスだ。返事くらいはしてやる。
「クァ」
「「「ッ!!」」」
「た、拓海さん! 今、返事しましたよね!? 俺の質問に答えましたよね!?」
「ぐ、偶然だろ」
「うそ……本当に……?」
「それじゃあ、拓海さんの頭の中にテレパシーで喋りかけたのもキミ?」
何言ってんの?
テレパシー?
意味分からん。
首を左右に振ってやる。
「——こ、このコ、首を横に振りましたよ! すげー!!」
「み、見間違いだ」
「え……可愛いかも……」
「えーと、キミは拓海さんに会いに来たの?」
「クァ」
「おお〜」
「…………」
「本条さん、すごいです」
「拓海さん、俺感動しました! 拓海さんはテイマーだったんですね!」
「なんだよテイマーって!」
テイマー?
「芽生えた〝幹〟って、テイマーとして目覚めた拓海さんこのことかも!」
「それは絶対にない。自分の〝成長を見届けろ〟って、そんなお告げする意味ある?」
「このコが、〝幹〟ということは? それとも〝目〟なのかしら……?」
「みんな落ち着け。さっきの推理が全部ぶっ飛んでるぞ」
みき?
め?
テイマー?




